冷徹ドクターは懐妊令嬢に最愛を貫く
 蝶子の大きな瞳が涙にぬれる。唇をわななかせて、蝶子は言葉を紡ぐ。

「いらなくないよ。ずっと、お母さんに会いたかった」
「ごめん、ごめん。ごめんなさい」

 膝の上に置かれた小夜子の手の甲が、彼女自身の涙でぬれる。年齢以上にシワの多い苦労がしのばれるその手の上に、蝶子は白く柔らかな自身の手を重ねる。泣き笑いのような顔で小夜子にほほ笑みかける。

「もう謝らないでよ。その代わり、またお母さんってたくさん呼ばせてね」
「蝶子……」

 晴臣個人としては、小夜子のつらい身の上を知ったうえでもなお、小夜子には許し難い思いを抱いている。どんな事情があったとしても……という思いがどうしても残る。
 だが、蝶子はそんなものはいとも簡単にのり越えて、小夜子と新しい関係を築こうとしているのだ。蝶子のそんなところを尊敬するし、心からいとおしいと思う。だから、晴臣は小夜子へのやや複雑な思いには蓋をして、彼女を義母として受け入れるつもりだ。

「秋に結婚式をするんです。お義母さんもぜひ参加してください」
「うん。お母さんに見てもらえたらうれしいな」

 娘夫婦の温かい言葉に小夜子は泣き崩れ、言葉を失う。

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