冷徹ドクターは懐妊令嬢に最愛を貫く
「今のは、本当に君の本心か」

 うろたえる蝶子より先に紀香が口を開く。

「おかしなことを。嘘をつく必要なんでないでしょう」
「あなたには聞いていません」

 晴臣にぴしゃりとやりこめられ、紀香はむっと口を引き結ぶ。晴臣はただじっと蝶子を見つめて、彼女の言葉を待つ。

(本心? 本当は、私は――)

 諦めることに慣れきった蝶子には、願望を言葉にするのは至難のわざだ。喉がはりついたように詰まって、うまく言葉を紡ぐことができない。
 蝶子はおずおずと手を伸ばし、すぐそこにある晴臣の手を取り、指先をきゅっと強く握った。自分の気持ちを伝える方法として、こんな手段しか取れない自分がひどく情けなかったが、それでもなにかしたかった。

(せめて、私が望んだことではないと晴臣さんに知っていてほしい)
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