冷徹ドクターは懐妊令嬢に最愛を貫く
 晴臣は蝶子を抱きかかえたまま店を出て、タクシーに乗り込む。なにが起きたのかよくわからず呆然としていた蝶子だったが、窓の外を流れていく平穏な景色を眺めているうちに少しずつ平静を取り戻してきた。

(もしかして、とんでもないことをしたのかも……)

 おずおずと隣の晴臣を横目に見ると、彼はいらだちをにじませた目で蝶子をぎろりと一瞥する。

「君は幼稚園児なのか?」

 鋭い声に蝶子はびくりと身体をこわばらせる。蝶子が怖がったことに晴臣も気がついただろうが、彼の声は厳しいままだ。

「自分の気持ちくらい自分で伝えろ。誰かが察して助けてくれるなどと思うな」

 さきほどの蝶子の態度をさしているのだろう。ぐうの音も出ない正論なので、言い返す言葉など思いつかない。

「他人に助けてもらうことを当然だと思っている人間は卑怯者だ」

 蝶子はしゅんと身体を小さくする。晴臣にきっぱりと『卑怯者』と言われてしまい、落ち込んだ。だが、晴臣のこの率直さが蝶子はとても好きなのだ。
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