冷徹ドクターは懐妊令嬢に最愛を貫く
 紀香や七緒のいる場では押しつぶされるような息苦しさを覚えるが、晴臣とふたりきりだと少し呼吸が楽になる。蝶子は懸命に言葉を紡いだ。

「おっしゃるとおりです。私の本当にダメなところで」
「あぁ。改善するべきだな」

 情け容赦なく晴臣は言い捨てる。その彼の横顔を見ながら、蝶子は頭に浮かんだ疑問をそのまま口にした。

「でも、晴臣さんはどうして――」

 助けてくれたのだろうか。たったいま、彼は蝶子の気持ちを察し汲み取ってくれた。蝶子は最後まで言わなかったが、晴臣に意味するところは伝わったようだ。
 彼はくしゃくしゃと自分の髪をかきまぜながら、むすっとした顔でぼやく。

「それは、俺もよくわからない」

 やや気まずい空気が流れる。蝶子は話題を変えようと、慌てて声をあげる。

「あの、どこへ向かっているんですか?」

 車を運転しない蝶子は、街並みを見てもそれがどの辺りなのかさっぱりわからない。

「君に付き合ってほしい場所がある」

 晴臣はそれしか言わないし、蝶子も追求はしない。別に行き先はどこだっていいのだ。晴臣がもうしばらく一緒にいてくれるらしいという事実だけで、蝶子の心は浮き立った。

 三十分ほど走っただろうか。ふたりを乗せたタクシーはまだ新しい洒落たビルの前で停まった。タクシーをおりた蝶子は隣の晴臣の顔をのぞき込む。

「ここは?」
「私設図書館。つい最近オープンしたばかりで、一度来てみたかったんだ」

 そう言われて蝶子もピンときた。IT長者となった有名な起業家が私設で図書館を建てたというニュースはわりと話題になっていた。
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