冷徹ドクターは懐妊令嬢に最愛を貫く
 自分でもなにを言いたいのかわからなくなって、蝶子はくるりと踵を返して彼に背を向ける。まるで逃げるように出口に向かい足を進めるが、ちょうど店を出たところで晴臣に腕を引かれる。

「蝶子!」

 彼に名前を呼ばれたのは、おそらく初めてだ。蝶子は少し驚き、足を止めてしまった。
 困惑しきった声で晴臣が言う。

「君の行動の理由がさっぱりわからない。なにが気に入らなかった?」
「気に入らないとか、そんなことは――」
「とりあえず、こっちを向け」

 彼はやや強引に蝶子の肩をつかんで、自分のほうに向けさせる。今にも泣きだしそうになっている蝶子の顔を見て、大きく目を瞬いた。

「なぜ泣く?」
「な、泣いてません。晴臣さんが女性と仲よくしてたからって、別に泣いたりは……」

 自分の発した言葉にはっとして、蝶子は顔をしかめる。

(なにを言ってるんだろう。それでなくても子ども扱いされているのに、こんな態度を取ったりしたらまた幼稚園児だって笑われる)

 だが、彼は蝶子を笑ったりはしなかった。

「少し落ち着いて話そうか」

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