ちょうどいいので結婚します
 千幸がフロアへ戻ると
「全く思わないね」と功至の大きな声が聞こえた。スルーできない功至の態度に驚き
「どうか、しましたか?」と聞いたが功至は千幸には張り付いたような笑顔を向けた。

 妹尾が功至は今日は機嫌が悪いと教えてくれた。そうか、機嫌が悪いのかと一時は納得したが、しばらくすると疑問が湧いてきた。かつて功至の機嫌が悪かったことなどあっただろうか。いや、穏やかな人だ。
 仕事で何かトラブルか、そう思って回りを見たがそんな素振りもない。昼休み中の出来事であれば雑談中に何かあったのだろうか。わざわざ聞くのも詮索するようで気が引けたが、この日の部署内はいつにも増して静かで、確かに功至は機嫌が悪いようだった。

 いつもは功至のおかげで部の雰囲気がいいのだという事を思い出した。結局この日は一日静かなままだった。

 就業時間を過ぎると、一人、また一人と退社していった。フロアはいつの間にか千幸と功至だけになっていた。千幸は一心発起して功至の席へと向かった。功至の事をもっと理解したかったからだ。ただ見ているだけの関係を終え、自分も努力しなければならないと思った。

「あの、一柳さん」
「あー、チェック?」

 功至は机に顔を向けたまま書類を受け取ろうと手だけを出した。千幸は勇気を出してここまで来たものの何と声を掛けていいか分からず、言葉に詰まってしまった。
< 100 / 179 >

この作品をシェア

pagetop