ちょうどいいので結婚します
 千幸は止まってしまった足を動かし、二人に追いつこうと急いだ。

「わかってるわよ、うまくやる。ところで、今日機嫌悪いって経理の子が愚痴ってたわよ。珍しいわね、何かあったの?」
「それがさぁ、聞いてくれよ」

 功至は歩きながら多華子の方を向きながら手振り身振りで話していた。千幸の足はそこで完全に止まってしまった。

 千幸は何かがおかしいと思っていた。ごくぼんやりとしていた違和感の正体を、今自分の目で見た気がした。千幸はくるりと行き先を変えた。

 しばらくして、千幸は功至にメッセージを送った。
『すみません。予定があるのを忘れていました。また次回ご一緒させてください。石川さんにも謝っておいて下さいね』

 功至は今日、始終機嫌が悪くなる出来事が確かにあったのだ。千幸には『気にするほどではない』と言った。

 だが今、多華子には『聞いてくれよ』と言った。千幸には話す気がない。もしくは聞かれたくないのだろう。では、自分がいたら功至はそのストレスを発散できないではないか。千幸はここは自分がいない方がいいと思った。

「石川さんに任せた方がいいよね」
 そうつぶやいた。本当は、勇気がなかっただけだ。自分より多華子の方が親しくて心許せる相手だと見せつけられるのが怖かった。

 功至の作られた笑顔、何を言っても肯定される優しさは《《気を使われている》》のだ。仕事では他の皆と同じように敬語抜きで話す。だが、一歩プライベートに入ると完全なまでに敬語で線引きされるのだ。

 おかしい。千幸はもう一度はっきりとそう思った。
< 104 / 179 >

この作品をシェア

pagetop