ちょうどいいので結婚します
 千幸が出勤すると、功至の横には「後任」だという男性がいた。寡黙で気難しそうなその人は公認会計士だそうだ。

 千幸は、功至が自分に何の相談もせずに独立を決めたことで自分たちは本当にもう無関係なのだと理解するしかなかった。

 こんな簡単に終わるのだと、これ以上痛むと思わなかった胸がまだ痛むことに驚いた。会社に功至がいない日があった。もう時々しか来ないと説明があった。部署は静かになってしまった。功至が入社する前に戻っただけだ。自分との関係も同じだと千幸は思い出していた。

 ほんの数か月前、憧れの対象だと見ていた頃は、功至が独立してもこんなに苦しくなることはなかっただろう。それが、一度婚約者という立場を経験すると、もう元には戻れないほど今の状況がつらい。知らなければ良かったのに。

「一柳さんがいないと、こんなんだったんですね」
 妹尾がぼそりと溢した。
「ね、何だろうね、この感じ」
 皆同じ気持ちでいるようだった。

「ちょっと、福留さんってとっつきにくい」
「……ね」

「これ、封書ここ置いたの誰?」
「あ、はい、私です」
 福富が、抑揚のない声で言い、妹尾が手を挙げた
「これ、今度から全部封切ってここに置いて。急ぎのが上にくるように」
「え、封切って?」
「そ。俺は忙しいから。すぐ見られるように」
「……わかりました」

 妹尾の顔が曇った。今、手が空いてのは彼だけだった。こんな細かいことが続き、ますます部署の空気は重たくなっていた。
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