ちょうどいいので結婚します
 賑やかな場所からい静かになると、重苦しい気持ちが戻ってきた。いつの間にか横にまた多華子がいて、それは他の女性がついて来ないように配慮してくれた行動だとわかった。
「悪い」
「うん。このまま帰る? まだ付き合おうか?」
「や、帰るわ」
「そうね、紛らわすだけだもんね」

 多華子の言葉がその通りすぎて功至は笑うしかなかった。駅までの道のり、多華子が不意に「あ」と溢した。功至はその視線を辿った。道路の向こう側、店の前。功至もそこにいるのが誰か気が付いた。良一だった。そしてその向こうに良一の体ではっきりとは見えないが、そこに女性がいるのはわかった。功至は千幸だろうとすぐに視線を外した。

「あー。ほら、夜の暗がりでも、遠目でも、カッコいいからすぐにわかるね、彼!」

 功至は複雑な胸の内を隠すために茶化すしかなかった。

「そんなこと……」
 多華子はまだそっちの方を見ているようだった。
「あれ、酔ってんのかな。千幸(ちゅき)ちゃん。そっか、酔っぱらうとあんな風になるのか。俺と飲んだ時は全然普通で、さすが気を許してる相手は違うよな。俺も迷惑かけられたかったけど、相手があれじゃあね。完璧すぎて完敗、完敗」

 耐えられなくて喋り続ける功至に構うことなく、多華子は足を止めてしまった。不思議に思って振り向くと、俯いてぎゅっと唇を噛んでいた。両方の手は固く握られていた。
< 137 / 179 >

この作品をシェア

pagetop