ちょうどいいので結婚します
「こんな時に言いたくないけど……」
 しばらくして功至は切り出した。千幸はすんっと鼻をならし、功至を見上げる。

「終電の時間です」
「あ」
 千幸は慌てて体勢を立て直し、腕時計に目を落とした。
「走らなきゃ……」と立ち上がった千幸を功至の腕が止めた。

「提案がある」と耳元で囁いた。千幸は、真っ赤になりながらもその《《提案》》にもう一度腰を落とした。

「今日、さゆ……あ、さっきの友人とね会うって親に言ってるから大丈夫。明日は元々功至さんと会うことになってたし」
 恥ずかしさを払拭するためか千幸は饒舌になっていた。

「そっか。冬だし着替えもいいよね」
 功至は左手トレー、右手では千幸の手を取って歩き出した。外に出ると随分と寒い。その寒さが街の賑やかな電灯を余計に華やかに見せていた。終電に急ぐ人、まだ帰る気のない人、色んな人を眺めながら、功至と千幸は歩いた。

「そうだ。これからの事、ちゃんと言っておかないと」
 功至が足を止め、千幸もそれにならって立ち止まり向き合った。千幸は、功至が今まで通り婚約を継続させたいと言ってくれるのだと思っていた。功至は緊張の面持ちで声を張った。

「俺と、つきあって下さい」

 しばらくの沈黙があり、功至が焦れた頃、千幸は吹き出してしまった。

「もちろん、いい加減な気持ちじゃなくて、このまま結婚もしたい。あ、だから、結婚を前提に付き合ってください」
「はい、もちろんです。私も、いい加減な気持ちじゃないから」

 功至の顔が我慢するように歪んだ。むうと唸ると停まっていたタクシーに千幸を詰め込んだ。
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