ちょうどいいので結婚します
 功至は心の中で言い訳を続けていた。

 や、だって今日帰すのは違わない?そりゃあ、明日また会う約束はしてたけど。朝イチで会ってもいいけど。そんなの面倒くさくない?いや、面倒くさいっつーかその時間もったいないっての、彼氏だぞ、俺。

 ついこの前まで婚約者であったのに、恋人になれたことに浮かれていた。いや、我慢できずにいた。タクシーの窓にネオンがビュンビュン消えていくが惜しいとも思わなかった。同じ家に帰るのだから。

「さっきから、何も喋らないけど、気が変わったの?」
 とても言葉では表現できないほどの恐ろしく可愛い顔で不安げに聞かれると最後の理性を振り絞って功至は出来るだけ爽やかに見える笑顔で笑った。

「一生、変わるわけないだろう?」

 ホッとしたのか、千幸は幸せそうに笑うとふわりと功至に身を委ねてきた。服ごしに伝わる体温と、つないだ手と、シャンプーの香りがする。功至は理性とは何かと哲学的に考えてみることにした。そうせざるを得なかった。

 タクシーを降りると家まで急ぐ。エレベーターの中、千幸が恥ずかしそうに口を開いた。

「最初はシティホテル、もしくは旅行でって言ってたね」

 功至は噎せそうになるのをこらえた。これは、釘を刺されたたのだろうか。
「あー……言った。言った。言ったかな?」
「あれ、気にしなくていいからね」

 功至は結局噎せてしまった。

「ちょ千幸(ちゅき)ちゃん! 言わなくていいってば。千幸(ちゅき)ちゃんそういうとこある!」

 静かな廊下に、功至の声が響き、慌てて口を押えた。

「あのね、ずっと気になってたんだけど……」
「何?」

 功至は部屋のロックを解除しながら返事をした。

「“ちゅきちゃん”って何?」

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