ちょうどいいので結婚します
 千幸はそれが、自分の愛称であることは分かっていた。だが、急にそう呼ぶようになったものだから、どうしたのかと思っただけだった。こんなに憔悴させるつもりは無かったのだが、功至は顔を覆い玄関に座りこんでしまった。  

 千幸は立ったまま、玄関のロックを掛けていいのか悩んでいた。功至は顔を上げず、チョイチョイと指を動かし千幸にロックを掛けるように指示した。

 千幸がロックを掛け振り向くといつの間にか、間近に功至の顔があり、にっこりと笑っていた。

「え、何? 落ち込んでたんじゃ……立ち直ったの?」
 功至は緩く顔を横に振った。
「違う。《開き直った》の」
「わかんない。どういう意味? 」

 功至はぐいっと千幸を持ち上げるように抱えた。

「え、やだ。ちょっと待って、何、何?」
「結婚してから本性出す奴がいるらしいんだけど……」

 千幸は良一に言われたことを思い出した。確か、モラハラとか、DVとか。

「うん」
「俺は結婚前に出すんだから良いよね? セーフだよね?」

 千幸は振り返り、自分で掛けたロックを確認した。
「えっと……」
「だめ、だめ。逃がしませんよ、《《俺の》》千幸(ちゅき)ちゃん」

 千幸は青くなったり赤くなったりしているうちに中へと連れ去られてしまった。

 功至は千幸をソファに下すと、
「さ、手を洗って。うがいして。そのまま風呂行って、外寒かったんだからしっっっっかり温まって、楽な格好に着替えて。温かいカフェイン入ってない飲み物用意しておくから」
 と、もてなし始めた。

 千幸はおかしくなってソファに突っ伏して笑ってしまった。

「あ、ほら。そこで寝ちゃ駄目だよ、ちー」
 功至はさっきと違い千幸をそう呼んだ。
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