ちょうどいいので結婚します
 良一は功至に“婚約おめでとうございます”と言おうとしたが、隣にいる多華子とはどういう関係かわからなかった為、言うのを躊躇した。まだ公になっていないことだから。
それより、ガチガチに緊張している千幸の事を何とかしなければならなかった。

 まだ心の準備が出来ていなかった千幸は頭が真っ白になっていたのか微動だにしない。

「どーも」
 最初に口を開いたのは功至だった。あまり機嫌の良い声でないことを良一は悟り、千幸を促す。

「どーも。彼女からあなたの事は伺ってます。ちー、言うことあるんだろ」
立ち尽くす千幸を更に促した。

「あの、一柳さん。お疲れ様です」
「あ、はい。お疲れ様です、小宮山さん。今日は涼しいですね」
 ずっこけそうになったのは良一だけでなく多華子もだった。

「すみません、俺はここで失礼します」
 良一がそこを急ぎ足で去ると、多華子も慌てて挨拶をした。

「私もこれで失礼します。お疲れ様です。小宮山さん、一柳くん」

 千幸は慌てて多華子に挨拶をし、小さくなった良一の背中に「またね、良ちゃん」と言った。

 それを最後に静寂が訪れた。

「あの、寒いですね」
「え、寒いですか? 俺は涼しいって思ってたんですが」
「ご、ごめんなさい。涼しいです」
「あ、いや、寒いなら……え、っとどこか入りませんか?」

 功至は暖かいお茶でもとカフェを指差したつもりだったが、緊張で方向性を見失い繁華街(ネオン)を指差してしまっていた。

 千幸は戸惑っていた。月曜日だし、何も用意は持って来ていない。だが、相手は婚約者なのだ。
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