ちょうどいいので結婚します
「あの、少し早いな……とは思いますが、お供致します」
「え、早い? 何がです……か」

 功至は自分が指した方向へ向いた千幸の視線を辿った。そこにはデカデカとそういうホテルがあった。

「いや、ちが、違います。え、今お供しますって言いました!?」
千幸は赤くなってもじもじと俯いてしまった。

「はい。言いましたが」
 千幸は功至を見上げた。恥ずかしさから潤んだ大きな瞳にネオンがキラキラと映っていた。

「あの、お気持ちは嬉しいですが、最初はやっぱりせめてシティホテルとか、旅行先とか……」
「あ、そうですよね。新婚旅行でということでしょうか」
「そ、そこまでは待てません」

 千幸が意味がわからないと言った瞳でじっと功至を見つめ続けていた。意味がわからないのは功至も同じだった。

「ごめんなさい。私、誘っていただけたのだと……」

 今度は大きな瞳が涙で潤んだ。もう、いっそ連れ込んでやろうかと功至は思ったが、ここまで来て長い片思いを台無しにしたくはなかった。

「もちろん、誘いました。けれど、今日はそこのカフェで暖かいお茶でも飲んで、《《俺たちのことを》》少し話しませんか?」

 功至がそう言うと、やっと千幸は表情を和らげた。功至はネオンに後ろ髪を引かれる思いで背を向け、千幸をカフェへと促した。

 千幸は羞恥心から、ここの記憶がほとんど残っていなかった。
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