ちょうどいいので結婚します
 功至は一体何時に家を出ればいいのか見失って早く家を出過ぎたと思っていたが、駅の階段で意中の人を見かけ、躊躇わずに声をかけた。

「小宮山さん!」
「え、あ、一柳さん。おはようございます」
 千幸は、驚いたが会えて嬉しくてぱっと顔が綻んでしまった。だが、すぐに功至が自分に敬語であると気付くと、視線を落とした。
「奇遇ですね。小宮山さんも随分早いですが」
「私は、一柳さんを待とうと思っていましたので」

 功至は先に『奇遇ですね』と言ってしまったことを後悔していた。偶然さえ装わなければ。が、思い直した。

「実は、僕もです。本当はあなたに会いたかった」
 功至は腕時計に目を落とすと
「コーヒーでも飲んで行きませんか?」と、千幸を誘った。千幸も頷いた。出勤前の時間は誰が見ているかわからない。邪魔されては困ると思った功至は道から見えにくい席を選んだ。

「連絡先を教えて下さい」「昨日のは誤解です」

 二人、同時に言葉を発したが、お互い相手の言葉に反応した。
「誤解とは、何がですか!?」「これが私のIDです。電話番号もすぐ送りますね」
 また二人同時に言葉を発したが、功至の方が強かった。

 千幸の差し出したスマホの画面をそっと押さえると
「誤解とは何か。先におっしゃって下さい」

 千幸は功至の目がいつもと違う強い目であることに一瞬、息を飲んだ。
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