ちょうどいいので結婚します
 千幸は早くなった鼓動を落ち着かせるためにトイレへと逃げていた。

 心臓がバクバクしている。うまく話せただろうか。婚約の話は功至にとって不利益を被るほど話題に出してはないが大丈夫だろうか。緊張で今になって手が震えてきた。

 だが、部署の人たちと仕事以外の言葉を交わせたのが嬉しかった。勇気を出してよかったと嬉しさを噛みしめていた。千幸にとってかなり自信になった出来事だった。おかげで午後からの仕事は随分と捗った。他の人の態度もいつもより朗らかである気すらしていた。

 ところが、人と話すことに慣れてない千幸は仕事が終わり皆が退社する頃になると昼休憩のことを思い出していた。

 あんな事を言って、妹尾さんはどう思ったかしら、柏木さんはどんな顔をしてたかしら。他の人はもっと違うことを話したかったんじゃないかしら。一柳さんだって、嫌な思いをしたのではないかしら。あんな事、言うべきじゃなかったと後悔しはじめていた。ああすれば、こうすれば、もっと……

 デスクで顔を覆っていると、不意に声をかけられ、

「小宮山さん」
 千幸はビクリと肩を震わせた。声の主が功至であるとわかって、ますます顔が上げられなくなってしまっていた。

「あれ、小宮山さん?」
 功至が顔を寄せる気配がした。

「どうかしましたか?」
 千幸は、そう言われても顔を上げられなかった。
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