ちょうどいいので結婚します
 人間、本気で驚いた時は思考が止まるのだなということを功至は知った。
「え、は、もちろん。そういうのはまだ早い」
 そして、思考が止まってすぐに喋るとよくないという事も知った。だが、早く何とかしてやらなければいけない。これ以上千幸が真っ赤になれば血圧が心配だ。

 息をつく。まだ早い。だって、まだおやつの時間だもの。功至は時計と千幸の顔を何度も往復させ、もう酒でも飲み始めるかと思ったが、酒を飲んでも酔えそうにはなかった。

「散歩!」
 功至は唐突に声を張り上げた。
「はい?」
「二人で出来る運動といえば、散歩!」

 下手な謎かけみたいな声掛けに嫌になったが、千幸が「いいですね」と笑ったのですぐに立ち上がった。

「少し歩くと街路樹の銀杏が綺麗な道があって」
「銀杏並木、いいですね」
「ええ、行きましょう。きっと、綺麗な黄色の葉が見頃です」

 慌ててマンションを出てきたが、銀杏並木はまだ緑の葉だった。真緑ではないにしろ、黄葉とは程遠かった。

「空気を読めよ、銀杏……」
「え、何ですか?」
「いえ、葉が黄色になるにはまだ少し早かったですね。あとニ、三週間後くらいでしょうか」 
「そっかぁ。じゃあ、またそのくらいに来てもいいですか?」
「銀杏、最高!」
「お好きなんですね、銀杏」
「え、まあ、はは」

 功至は、色の変化を見るという口実で毎日来て?という何とも微妙な提案をしようかしまいかを本気で悩んでいた。

 毎日家に千幸(ちゅき)ちゃんがいればいいのに。
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