ちょうどいいので結婚します
 歩けば少し暑く、止まれば少し肌寒く感じる、気温だった。お互いに熱くなった顔を冷やし、動転した気を静める必要があったので、しばらくは秋の風を静かに受けていた。
「いい季節ですねぇ」
 千幸の様子を伺いながら、功至は声をかけた。
「そうですね」
 千幸もやっと風景を楽しめるくらいになっていた。

 功至は、もう少し寒ければ、手を取れたのにといい季節であることを残念に思っていた。いや、手くらい繋いだって構わないだろうなどと考え、タイミングを計って、千幸の手にそっと自分の手を伸ばした。

 同時に千幸も謝罪するタイミングを探していた。それは、わずかばかり千幸の方が早かった。
「さっき、すみません」
 功至は急に声を掛けられ、手が到達する前にビクリと肩を震わせた。
「はい?」
「なんだか、卑猥な発想になってしまって」
「いえ、ぶり返していただかなくてもよくよく理解しています。俺も深読みはしないように気を付けますので、ゆっくりいきましょう」

 さっさと結婚したいのにゆっくり行くという矛盾にペースは完璧に乱れていた。
「手!」
「て?」
 功至が黙って手を出すと、千幸が控えめに手を乗せた。お互いに最小の握力で握った手はすぐに離れてしまいそうで、ゆっくりゆっくり足を進めた。

「いい季節ですねぇ」
「そうですね」

 ただこの会話を繰り返していた。


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