ちょうどいいので結婚します
第5話 すれちがい
 功至は千幸が帰った部屋で一人ぼんやりとしていた。

 楽しかった。可愛かった。すごく、可愛かった。思い出しても顔がにやけてしまいそうだった。一生懸命話してくれた。会社とはまた違った一面を見れた。大満足していたはずだった。普段なら。

 そう出来ないのは前日に良一とはしゃぐ姿を見てしまったからだ。
「全然違ったな。……そりゃそうか。俺を怖がらずに喋ってくれただけでもかなりの進歩」
 わかっているのに良一と比べ一抹の不安が拭えなかった。式場も見に行く、親にも挨拶に行く。北海道に婚前旅行に行って、一緒に住む。そして、結婚する。こらがほんの数か月間の予定である。

「何もかも順調で不安になっているだけだ」
 肘をついたまま、親指で自分の唇をなぞる。千幸を間近でみて気持ちが昂ってしてしまったキスだったが、拒否は無かったように思う。体を強張らせ、唇は固く閉じられていた。

 結婚へ向けて全て順調に進んでいる。そこに気持ちが伴わない気がした。  
「俺の、気持ちじゃない。千幸(ちゅき)ちゃんの気持ちは俺に向いているのか……」

 状況は完璧だった。状況だけは。

「駄目だ。囚われるな。焦るな、ゆっくり。ゆっくり彼女が俺に気持ちを開いてくれたらそれでいい」
 そのうち、慣れてくればあの男に向けた態度を俺にも……そう思ってやめた。婚約者である自分が千幸の友人である男との関係を目指すなんて、何かがおかしく、越えられなかったらと考えてしまったからだ。

「酔ってもよく喋るようになったくらいだろうか。俺も酔い過ぎた千幸(ちゅき)ちゃんに迷惑をかけられたかったなあ」功至は一人ごちた。
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