破滅エンド回避のため聖女を目指してみたら魔王様が溺甘パパになりました
前世の私は〝高森 愛(たかもり あい)〟という名前の、さっきも言った通り、どこにでもいる普通のOLだった。熱中できる趣味もなく、同じような毎日を過ごす私の日常を一瞬で変えてくれたのが「A Maiden's Prayer」。キャッチコピーは「汝よ、その光を解き放て」。――そう、今私がいるこの世界を舞台とした、大ヒット乙女ゲームだ。
それまで乙女ゲームどころか、ゲームそのものにすら触れてこなかった私が、寝る間も惜しんで熱中したのは後にも先にもこのゲームだけだろう。
プレイヤーを虜にするあらゆるタイプのイケメン攻略対象たち。綺麗なグラフィックに選択肢を選ぶだけの初心者にも簡単なゲームシステム。だけれど中身の濃いストーリー。そのすべてに魅了され、私は一時期〝めいぷれ〟の世界にのめり込んでいた。
グッズを買い、イベントにも参加して、一ミリも知らなかった声優さんたちの名前と顔をいつしか完璧に覚えていた。
――まさかこうして、大好きだったゲームのキャラに転生するとは思わなかったけどね。しかも、ヒロインじゃなくて悪役……。あぁっ! これって結局不運なんじゃないの!?
〝めいぷれ〟の舞台はリーベルツ魔法学園。ゲームは学園の入学式からスタートする。ヒロインであるクリスタは農民の娘ながらも魔力に長けており、特待生として学園へ入学する。見た目のかわいらしさと明るく優しい性格でイケメンたちと仲を育み好感度を上げていく。
選択肢を間違えず順調に好感度を上げられれば、攻略キャラたちとのラブラブハッピーエンドを迎えることができるのだが、そんなクリスタをいじめ、邪魔するものが存在する。それが悪役王女、アイラ・アルバーンだ。
部屋にある鏡を見てみる。今まで気づかなかったが、記憶を取り戻すと自分があのアイラだということがはっきりとわかる。
白金の髪に翡翠色の瞳。ゲームで見たアイラの特徴そのまんまだ。たれ目のクリスタと正反対のつり目は、五歳の頃からしっかりと完成済みのよう。
――悪役王女って嫌われポジションだけれど、アイラの顔は好みだったのよね。自分がこの顔になれたのはちょっとうれしいかも。
「って、そんなのんきなこと言ってる場合じゃなかった……!」
ぼーっと鏡を見つめていた私は我に返り、またペンを握って机へと向かう。
まずは、ゲームでのアイラの結末がなぜ悲惨なものになるのかを振り返ろう。その後、どうやって回避するかをじっくり考えないと。
大前提として、アイラが死ぬ理由はどのルートでもすべて同じだ。光の加護を授かることができずに聖女になれなかったアイラは、役立たずとして義理の父親、ジェネシスに殺されるのだ。つまり、死因はすべって魔王ジェネシスである。
光の加護というのは、リーベルツ魔法学園を住処とする伝説の光の精霊、フォーチュンに認められたものが受けられる加護であり、聖女になるための必須条件である。
……なぜジェネシスが私を聖女にしたいのか、それにはジェネシスのとある陰謀が深く関わっていた。
ジェネシス・アルバーン。年齢不詳。見た目は二十代後半から三十前半くらい。
最恐の魔王であり、〝めいぷれ〟のラスボス兼攻略対象キャラ。 人間を超越する凄まじい魔力を持っており、その力は国を破壊するのも容易いと人間たちから恐れられている。魔人の王族、アルバーン家の末裔だ。
最初はリーベルツ王国を支配することを目的にやって来たが、そこで出会った人間の女性、オリヴィアと恋に落ち、人間と共存する道を選んだ。これが、ジェネシスが悪さをしなかった大きな要因である。
しかし、オリヴィアの正体は光の加護を受けた聖女で、ジェネシスは彼女に魔力を半分以上封印されてしまう。聖女はそういった特殊能力を持っていたのだ。
オリヴィアはリーベルツの王と愛人関係にあり、魔王に支配されることを恐れた王のためにジェネシスに近づき、完全に惚れさせたところで寝ているジェネシスから光の加護の力で魔力を封印した。
異変に気づいたジェネシスに問い詰められ、すべてを自白すると『もとに戻せ』と脅され絶体絶命になったオリヴィアは、そのまま古城の窓から飛び降りて死んでしまった。そのため、ジェネシスの魔力が奪われたことは誰にも知られることはなかった。
……オリヴィアはかなり重い女で、遂には王に愛想を尽かされ、ジェネシスから魔力を奪えば振り向いてもらえると思っていたって設定もあったような。王を脅かすジェネシスが邪魔で、魔力を戻すくらいなら死んだほうがマシって考えだったっけ。
愛した人に裏切られたショックでジェネシスは塞ぎこんでしまうが、このままでは終われないと考え始める。封印を解き、自分を騙した人間への復讐をする決意をしたのだ。今度こそ確実に、リーベルツ王国を支配すると。
封印を解くには、同じく光の加護を受けた聖女の力が必要。
そのために、孤児院でいちばん魔力の高かったアイラを養子に引き取り、聖女にするため育て上げることにしたのだ。
ジェネシスに命令されアイラは魔法訓練を受けるが、厳しすぎて嫌々やっていたためなかなか魔力が上がらなかった
魔王の子というだけで、人間からも嫌われ学園でも疎まれ、周りから愛されるかつ魔力の高いクリスタに嫉妬し、ひどいいじめを繰り返すのよね……。
結局どのルートでも加護を授かるのはクリスタで、アイラはその結果役立たずとして殺される。これが私、アイラ・アルバーンが〝めいぷれ〟で辿る運命。
そしてジェネシスはなんとしても封印を解くためクリスタや国民を襲うものの、聖女となったクリスタに返り討ちにされ、結局復讐は成し遂げられず終わる。
ちなみに、クリスタがジェネシス攻略ルートに入った場合は、ジェネシスが改心するかわりになぜかアイラが闇落ちしてラスボスポジションになるのよね。
これに関しては私が闇落ちしなければいいだけだが、ジェネシスは全員攻略後しか攻略できないっていう縛りがあった。
この世界はゲームじゃない。だから、二週目なんてない。クリスタがジェネシスルートに入ることはないと考えていいだろう。
思い出す限りのゲーム展開や公式設定集に書かれた内容をメモにびっしりと書いたあと、私は心の中で叫ぶ。
――ラスボスに殺されるのも、闇落ちしてラスボスになるのもごめんだわ!
なんとしてでもゲームと同じエンディングを迎えることは避けたい。せっかく生まれ変わったのに、享年十六歳だなんてぜっったいに嫌! 今世ではせめて、前世より長生きしたい!
だとしたら、私にできることはただひとつ。
必死に魔力を上げ、クリスタよりすごい魔法使いになって光の加護を授かるしかない。
だが、相手は正規ヒロイン。主人公チートで、ものすごい魔法の才能を持っていることはプレイした私がよく知っている。
私はヒロインじゃないからそんなチート能力は持っていない。努力する以外の道はないのだ。自由を得て好きに暮らすため――いや、ジェネシスに殺されないために。
……そうだ。ついでといったらなんだけど、ジェネシスとの親子関係を良好なものにはできないかな?
ゲームでは、アイラもジェネシスも親子なのにお互い嫌い合い、愛情などまるでなかった。ジェネシスはアイラを駒としか思っておらず、アイラは自分の運命を狂わせたジェネシスをひどく憎みながらも、逆らえずに怯えて言うことを聞くしかなった。
誰にも愛されず散っていく悪役なんて、そんなの悲しすぎる。
一度は人間を愛したジェネシス。ゲームでは、クリスタという人間を再度愛することで改心できていた。
ジェネシスの凍った心を私が溶かすことができれば、万が一自分が光の加護を授からなくとも、殺されはしないかもしれない。
それに、私が聖女になりジェネシスの封印を解いたところで、そこで暴走が始まってしまえば元も子もない。
――やっぱり、ジェネシスの復讐心を消し去ることは必須条件か。
「……よーし! こうなったらやるだけのことはやってみせる! 絶対に掴んでやるんだから。ハッピーエンドを!」
未だかつて一度も見たことのない、アイラとジェネシスの親子物語を私が成し遂げてみせる。
こうして私のスパルタ魔法教育と、ジェネシスに好かれるために奮闘する日々が幕を開けたのだった。
それまで乙女ゲームどころか、ゲームそのものにすら触れてこなかった私が、寝る間も惜しんで熱中したのは後にも先にもこのゲームだけだろう。
プレイヤーを虜にするあらゆるタイプのイケメン攻略対象たち。綺麗なグラフィックに選択肢を選ぶだけの初心者にも簡単なゲームシステム。だけれど中身の濃いストーリー。そのすべてに魅了され、私は一時期〝めいぷれ〟の世界にのめり込んでいた。
グッズを買い、イベントにも参加して、一ミリも知らなかった声優さんたちの名前と顔をいつしか完璧に覚えていた。
――まさかこうして、大好きだったゲームのキャラに転生するとは思わなかったけどね。しかも、ヒロインじゃなくて悪役……。あぁっ! これって結局不運なんじゃないの!?
〝めいぷれ〟の舞台はリーベルツ魔法学園。ゲームは学園の入学式からスタートする。ヒロインであるクリスタは農民の娘ながらも魔力に長けており、特待生として学園へ入学する。見た目のかわいらしさと明るく優しい性格でイケメンたちと仲を育み好感度を上げていく。
選択肢を間違えず順調に好感度を上げられれば、攻略キャラたちとのラブラブハッピーエンドを迎えることができるのだが、そんなクリスタをいじめ、邪魔するものが存在する。それが悪役王女、アイラ・アルバーンだ。
部屋にある鏡を見てみる。今まで気づかなかったが、記憶を取り戻すと自分があのアイラだということがはっきりとわかる。
白金の髪に翡翠色の瞳。ゲームで見たアイラの特徴そのまんまだ。たれ目のクリスタと正反対のつり目は、五歳の頃からしっかりと完成済みのよう。
――悪役王女って嫌われポジションだけれど、アイラの顔は好みだったのよね。自分がこの顔になれたのはちょっとうれしいかも。
「って、そんなのんきなこと言ってる場合じゃなかった……!」
ぼーっと鏡を見つめていた私は我に返り、またペンを握って机へと向かう。
まずは、ゲームでのアイラの結末がなぜ悲惨なものになるのかを振り返ろう。その後、どうやって回避するかをじっくり考えないと。
大前提として、アイラが死ぬ理由はどのルートでもすべて同じだ。光の加護を授かることができずに聖女になれなかったアイラは、役立たずとして義理の父親、ジェネシスに殺されるのだ。つまり、死因はすべって魔王ジェネシスである。
光の加護というのは、リーベルツ魔法学園を住処とする伝説の光の精霊、フォーチュンに認められたものが受けられる加護であり、聖女になるための必須条件である。
……なぜジェネシスが私を聖女にしたいのか、それにはジェネシスのとある陰謀が深く関わっていた。
ジェネシス・アルバーン。年齢不詳。見た目は二十代後半から三十前半くらい。
最恐の魔王であり、〝めいぷれ〟のラスボス兼攻略対象キャラ。 人間を超越する凄まじい魔力を持っており、その力は国を破壊するのも容易いと人間たちから恐れられている。魔人の王族、アルバーン家の末裔だ。
最初はリーベルツ王国を支配することを目的にやって来たが、そこで出会った人間の女性、オリヴィアと恋に落ち、人間と共存する道を選んだ。これが、ジェネシスが悪さをしなかった大きな要因である。
しかし、オリヴィアの正体は光の加護を受けた聖女で、ジェネシスは彼女に魔力を半分以上封印されてしまう。聖女はそういった特殊能力を持っていたのだ。
オリヴィアはリーベルツの王と愛人関係にあり、魔王に支配されることを恐れた王のためにジェネシスに近づき、完全に惚れさせたところで寝ているジェネシスから光の加護の力で魔力を封印した。
異変に気づいたジェネシスに問い詰められ、すべてを自白すると『もとに戻せ』と脅され絶体絶命になったオリヴィアは、そのまま古城の窓から飛び降りて死んでしまった。そのため、ジェネシスの魔力が奪われたことは誰にも知られることはなかった。
……オリヴィアはかなり重い女で、遂には王に愛想を尽かされ、ジェネシスから魔力を奪えば振り向いてもらえると思っていたって設定もあったような。王を脅かすジェネシスが邪魔で、魔力を戻すくらいなら死んだほうがマシって考えだったっけ。
愛した人に裏切られたショックでジェネシスは塞ぎこんでしまうが、このままでは終われないと考え始める。封印を解き、自分を騙した人間への復讐をする決意をしたのだ。今度こそ確実に、リーベルツ王国を支配すると。
封印を解くには、同じく光の加護を受けた聖女の力が必要。
そのために、孤児院でいちばん魔力の高かったアイラを養子に引き取り、聖女にするため育て上げることにしたのだ。
ジェネシスに命令されアイラは魔法訓練を受けるが、厳しすぎて嫌々やっていたためなかなか魔力が上がらなかった
魔王の子というだけで、人間からも嫌われ学園でも疎まれ、周りから愛されるかつ魔力の高いクリスタに嫉妬し、ひどいいじめを繰り返すのよね……。
結局どのルートでも加護を授かるのはクリスタで、アイラはその結果役立たずとして殺される。これが私、アイラ・アルバーンが〝めいぷれ〟で辿る運命。
そしてジェネシスはなんとしても封印を解くためクリスタや国民を襲うものの、聖女となったクリスタに返り討ちにされ、結局復讐は成し遂げられず終わる。
ちなみに、クリスタがジェネシス攻略ルートに入った場合は、ジェネシスが改心するかわりになぜかアイラが闇落ちしてラスボスポジションになるのよね。
これに関しては私が闇落ちしなければいいだけだが、ジェネシスは全員攻略後しか攻略できないっていう縛りがあった。
この世界はゲームじゃない。だから、二週目なんてない。クリスタがジェネシスルートに入ることはないと考えていいだろう。
思い出す限りのゲーム展開や公式設定集に書かれた内容をメモにびっしりと書いたあと、私は心の中で叫ぶ。
――ラスボスに殺されるのも、闇落ちしてラスボスになるのもごめんだわ!
なんとしてでもゲームと同じエンディングを迎えることは避けたい。せっかく生まれ変わったのに、享年十六歳だなんてぜっったいに嫌! 今世ではせめて、前世より長生きしたい!
だとしたら、私にできることはただひとつ。
必死に魔力を上げ、クリスタよりすごい魔法使いになって光の加護を授かるしかない。
だが、相手は正規ヒロイン。主人公チートで、ものすごい魔法の才能を持っていることはプレイした私がよく知っている。
私はヒロインじゃないからそんなチート能力は持っていない。努力する以外の道はないのだ。自由を得て好きに暮らすため――いや、ジェネシスに殺されないために。
……そうだ。ついでといったらなんだけど、ジェネシスとの親子関係を良好なものにはできないかな?
ゲームでは、アイラもジェネシスも親子なのにお互い嫌い合い、愛情などまるでなかった。ジェネシスはアイラを駒としか思っておらず、アイラは自分の運命を狂わせたジェネシスをひどく憎みながらも、逆らえずに怯えて言うことを聞くしかなった。
誰にも愛されず散っていく悪役なんて、そんなの悲しすぎる。
一度は人間を愛したジェネシス。ゲームでは、クリスタという人間を再度愛することで改心できていた。
ジェネシスの凍った心を私が溶かすことができれば、万が一自分が光の加護を授からなくとも、殺されはしないかもしれない。
それに、私が聖女になりジェネシスの封印を解いたところで、そこで暴走が始まってしまえば元も子もない。
――やっぱり、ジェネシスの復讐心を消し去ることは必須条件か。
「……よーし! こうなったらやるだけのことはやってみせる! 絶対に掴んでやるんだから。ハッピーエンドを!」
未だかつて一度も見たことのない、アイラとジェネシスの親子物語を私が成し遂げてみせる。
こうして私のスパルタ魔法教育と、ジェネシスに好かれるために奮闘する日々が幕を開けたのだった。