破滅エンド回避のため聖女を目指してみたら魔王様が溺甘パパになりました
 カーテンの隙間から差し込む眩しい光で、私は目を覚ました。
 いつもと違う天井が目に入る。隣で寝ぼけるリンの姿も、ほかの友達の姿もなにもない。……そうだ。孤児院での平和で楽しい日々は、昨日で終わりを告げたんだった。
 時計を見ると時刻は朝七時。孤児院での起床時間だ。目覚まし時計がなくとも、身体が勝手にこの時間に起きるようになってしまっていた。
 いつもならみんなで顔を洗いに行って、歯を磨いて……っていう一般的な朝のルーティーンをこなすところだが、勝手に部屋から出て古城の中をうろついていいものかためらう。といっても、ここはもう私の家なのだからだめな理由もないけれど。
 ベッドから上半身だけを起こした状態でひとり悩んでいると、部屋の扉がトントンとノックされた。
「グレンです。アイラお嬢様、お目覚めでしょうか? 朝食の準備ができましたので呼びに参りました。入ってもよろしいですか?」
「グレン! おはよう! どうぞ、入って」
 ちょうどいいタイミングでグレンが迎えに来てくれてほっとする。
「おはようございますお嬢様。ご準備は――まだのようですね。先に身なりを整えましょうか」
「あ……ごめん。私ったら、まだ起きたばっかりで……」
 かつて必死に攻略したイケメンキャラを前に、寝起きで寝ぐせだらけのすっぴん姿を晒すなんて! と思ったが、まだ私は五歳の幼女だった。寝起きの寝ぐせなんて、幼女の場合愛らしいポイントとなるだけでマイナスにはならない。そう思うと、幼女って無敵な気がしてきた。
「構いませんよ。この時間に起きていたことを褒めてあげたいくらいです」
 にこりと笑い、グレンは優しく私の頭を撫でた。
 くぅっ! たまらない! この笑顔と優しさにクリスタも敵ながら惚れちゃったってわけね!
「では、準備をしましょう。早くしないと、お料理が冷めてしまいますからね」
「はーい!」
 それから、グレンが大量の着替えを部屋に持ってきてくれた。昨日、私を引きとったあとに幼女用の服を調達しに行ってくれたようだ。仕事のできる男すぎて、軽率に惚れてしまいそうになる。
それに、今までは寄付されたお下がりの洋服ばかり着ていたが、グレンが用意してくれたものは新品で高そうなものばかり。明日からはクローゼットの中から、自分で好きなものを選んで着ていいと言われた。ただし魔法の訓練があるので、あまり動きづらい服は控えるよう軽く釘を刺された。
そんなに体力を消耗するほどハードなものなのか。想像するだけで若干テンションが下がるが、破滅回避のために努力すると決めたばかり。なんならジャージを用意してもらうくらいのやる気をみせなければ。この世界にジャージが存在するのかは謎だが、似たようなものはあるだろう。
ぼさぼさだった髪も櫛で丁寧に梳かしてもらい、世話係というだけあって本当になにからなにまでグレンの世話になってしまった。
「さ、行きましょうか」
 身なりを整えると、グレンと共に部屋を出る。
 廊下を歩き階段を降り、案内されるがまま食堂らしき部屋へ入ると、美味しそうなにおいが鼻を掠めた。
 テーブルにはじゃがいものポタージュにトマトとルッコラのサラダ。真ん中に置いてある籠の中には、いろんな種類のパンがある。
「どうぞ、召し上がってください。お口に合えばいいんですけど……。嫌いな食べ物があったら先に教えてもらえると助かります」
「えっ……まさか、これ全部グレンが作ったの?」
「はい。そもそもこの古城で暮らしているのはお嬢様含め三人だけですので。ほかの魔物たちは外でのんびり暮らすほうが性に合うみたいで、ここは深刻な人手不足なんですよ。家事や雑用はすべて私の担当。……まぁ、好きでやっているところもあるんですけどね」
 こんな大きな古城に、今までふたりで住んでいたってこと!? なんという贅沢。魔物たちもお城がありながら外のほうがいいだなんて変わってる。誰かグレンの手伝いをしてあげてもいいのに。……もしかして、ジェネシスが怖いから一緒に暮らしたくないだけだったりして。大いにありえる。
「デザートにはフルーツゼリーを用意してありますので。私は今からキッチンで紅茶を淹沸かして、またこちらに戻ってきますね」
「一緒に食べないの?」
「すみません。朝食は先にすませてしまいました」
 申し訳なさそうにグレンは頭を下げた。
 今まで孤児院のみんなとわいわい楽しく食事をしていたから、ひとりでポツンととる食事が久しぶりで、なんだかとても変な感じだ。というか――。
「ジェネ……じゃなくて、お父様は? ここで一緒に食べないの?」
 ジェネシスがこの場にいないことを、私はすっかり忘れていた。起きてから一度も姿を見かけていない。早くジェネシスに会って、親子の絆を深めていかなくてはならないのに。
「ジェネシス様は、自分の部屋で食べると仰っていました。そのため、こちらには来ないと思います」
「……そっかぁ。お父様と一緒に食べたかったなぁ」
 くそぅ! 一緒に食事することで、仲を深める第一歩にしようと思ったのに!
 それが叶わず、あきらかにしゅんとする私を見て、グレンは焦った顔を浮かべる。
「お嬢様のその気持ちは、私からジェネシス様にお伝えしておきますから! 元気を出してください。……そうですよね。せっかく家族になったというのに別々に食事だなんて、お嬢様が寂しがるのも無理ないです」
 べつに寂しいわけではないが、そういうことにしておこう。
「待っててくださいお嬢様! 紅茶を淹れて、すぐに戻ってきますから! 私が隣にいれば、お嬢様はひとりではありません!」
「あ、ありがとうグレン。でも私――あ」
 最後まで話を聞かず、グレンはキッチンのほうへダッシュしてしまった。
 ――紅茶よりホットココアのほうがいいって、言いそびれちゃった。
< 6 / 9 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop