破滅エンド回避のため聖女を目指してみたら魔王様が溺甘パパになりました
そう思いながら、まだ少し温かさの残っているポタージュを口に含む。
「! お、おいしい」
グレンの人間性が滲み出ているような、優しい味に感動する。サラダも絶品でパンもふわふわ。ああ、どんな状況でも、ご飯がおいしいと幸せって感じられるんだなぁ。
それに、グレンは思っていたより数倍親身になってくれているし。優しい性格なのはゲームで知っていたけれど、アイラにもこんなに優しいなんて知らなかった。ゲームのグレンは、クリスタをいじめているアイラをよく思ってなさそうだったから。
最初はこんなふうにアイラに寄り添ってくれていたが、どこかでその関係が壊れちゃったりしたのだろうか。できることなら、グレンともこのまま仲良くやっていきたいところだ。
ひとりで美味しい食事に舌鼓を打っていると、食堂のすぐ近くからバタバタと足音が聞こえた。……ふふっ! グレンが慌ててティーカップとポットを持って来たのかしら。
勝手にその姿を想像して笑っていると、食堂の扉が勢いよく開かれた。昨日ボール片手にはしゃいでいたときに、急に遊び場の扉が大きな音を立てたのと同じくらいの勢いだ。
「グレン、おかえ――」
り。
そのひとことを言う前に、現れた人物を見て、口からぽろりとパンがひとかけら零れ落ちる。
「……まだ飯を食っていたのか。のろまなガキだな」
絶賛朝食中の私の姿を見て、食堂に現れた人物――ジェネシスは思い切り眉間に皺を寄せた。機嫌がよくなさそう。朝の挨拶すら、できる雰囲気ではなさそうだ。
「手を止めるな。さっさと食え。お前、これからの予定をグレンから聞いているか?」
「い、いえ。まだです」
魔法訓練をすることはわかっているが、細かいスケジュールを聞いた覚えはない。
「だと思った。グレンのやつ、いつまで経っても執務室に戻ってきやしないから、おかしいと思ったんだ。……ふたりしてちんたらと。一分たりとも時間を無駄にできないというのに」
グレンが姿を見せないから、様子を見に食堂へ来たら私だけがいた、という流れか。
「いいか。飯を食い終わったら午前中は座学だ。魔法をうまく操るには、それなりの知識も必要になるからな。勉強はグレンが教えてくれる。しっかりその頭に叩き込め。その後昼食と休憩をとり、森で実際に魔法の訓練を行う。これは俺が指導するから、座学ほど甘くはないと覚悟しておけ」
実技だけでなく座学もあるのか。前世で物覚えはよかったほうだ。グレンが先生なら楽しくこなせそう。
「はい。わかりました。おとうさま」
「……ちっ。いちいちその呼び方をしなくていい。昨日もそう言っただろ」
お父様と呼んだだけで舌打ちをされる始末。でも私はやめない。いつか「どうした? アイラ」って、笑いながら言わせてみせる。
気を抜くとくせで〝ジェネシス〟って呼び捨てしそうになるから、これからは心の中でもお父様って呼ぶようにくせづけようっと。
「お嬢様、お待たせしま――って、あれ。ジェネシス様、こちらにいらっしゃっていたのですね」
そこへ、グレンがティーカップを持って戻ってきた。
入口に立つジェネ――お父様をひょいと通り抜け、私の目の前に湯気の立つ淹れたての紅茶を置く。ほのかな茶葉の香りで、ピリついた気持ちも少しばかり癒された。
「グレン。もっと急いで行動しろ。こいつの世話は任せると言ったが、甘やかせとは言っていないしその必要はない」
「甘やかすな、とも言われていませんので」
グレンのまさかの反論に、お父様がむっとするのがわかった。私はふたりのやり取りを、紅茶を飲みながら見届けることに決めた。
「だったら今、命令する。そいつを甘やかすな。もっと厳しく接しろ」
「まぁまぁジェネシス様。相手はまだ五歳の子供ですよ? それに、これだけ魔力の高い人間の子供は多くありません。あまり厳しくしすぎて、彼女を手放すことになるほうが問題だと思いませんか? 成長には、時には飴も必要です」
眉を下げて笑ったまま、宥めるようにグレンは言う。お父様もその意見には納得したのか、それ以上なにも言い返すことはなかった。
「そういえば、ジェネシス様もまだ食後のデザートを召し上がられていませんでしたよね? よかったらここで一緒にどうですか?」
私のさっきの発言を気にかけてくれたのか、グレンがそんな提案をした。だけど、お父様の返事は予想通りだった。
「馬鹿げたことを言うな。一緒に食卓を囲めだと? こいつはただの駒。家族ごっこをしてやるつもりはない。デザートを食べる暇があるなら、一刻も早く座学を開始しろ」
グレンの案を一蹴して、お父様は食堂を出て行ってしまった。……最初から最後までずっと眉間の皺が消えなかったな。
「……お嬢様、あまりお気になさらず。昔からああいうお方なんです」
「大丈夫! いろいろとありがとうグレン。私、ゼリーを食べたらお勉強がんばるから!」
前向きな姿勢を見せる私を見て、グレンは安心したような顔をした。
めそめそしている時間などない。おいしいゼリーでお腹も元気もいっぱいになって、やるべきことをやって、必ずお父様にもフォーチュンにも認めてもらえる聖女になってやる!
グレンに魔法の基礎知識や歴史を教わり、今日の座学は終わった。グレンの用意した昼食を食べ終わると、いよいよ午後からお父様によるレッスンスタートだ。
古城の外から一歩出れば、そこは魔物だらけの森の中。この辺りだけ、昼間なのにずっと薄暗い。日当たりがあまりよくない場所なのかも。
あまり木々のない平地に移動する。グレンの立ち合いのもと、レッスンは密やかに開始された。
「泣き言は通用しない。できないならできるまでやれ。いいか」
「はいっ!」
「……返事は一丁前だな。始めるぞ」
昨日まで魔法のまの字にも触れてこなかった私は、まず自身の魔力を解放するところから。魔法を使えるようになるには、これができなきゃ話にならない。
初めの第一歩で躓くわけにはいかない。さっきグレンに教えてもらったことを意識して、私は魔力の解放を試みた。
『大事なのは集中力とイメージ力。内なる魂の力を呼び覚まし、その力が魔法となって発動するのです。とは言っても、お嬢様はまだ五歳ですから。むずかしいことはあまり考えず、魔法を使っている自分の姿をイメージしてみてください。それが魔力の解放に繋がります』
――魔力の解放に苦戦するのは、あくまで最初の一回目のみ。人によっては誰かの教えがなくとも、自然と魔法を使えるものもいると言っていた。
私は目を閉じると、ゲームで魔法を操っていたアイラの姿を頭の中で鮮明に思い描いた。クリスタには劣っていたけれど、アイラも魔法使いとしての成績は悪くなかったはずだ。私はそのアイラなのだから、魔力の解放など簡単にできるはず。
すると、急に身体がぽかぽかと温かくなる。内側からエネルギーが流れてくるような感覚。これって……!
「……うまくいったようだ。思ったより早かったな」
お父様の声がして目を開ける。身体はなにも変わっていないが、きちんと解放できたみたい。よし、この調子でスムーズに進めていこう。
「魔力が外にあふれ出したのを感じた。今からは実践だ。いくら魔力を高めたとて、使いこなせなければ意味がない。お前には、あらゆる種類の魔法を自在に操れるようになってもらう。まずは――」
こうして、次から次へと休む間もなく、お父様のスパルタ指導が本格的に始まった。
「疲れた! もう無理!」
一日のスケジュールをすべてこなし終えると、私はどさりとベッドに倒れこんだ。
――想像以上だった。あの鬼コーチっぷり。
体力を全部持っていかれたようで、今の私はまるで抜け殻。グレンが作ってくれた晩ご飯も、全部食べることができなかった。
思っていたより何倍、いや、何十倍もきつい。聖女になるまで、こんな日々が続くというのか。……じ、地獄だ。遊び盛りの幼少期から、たったひとり古城で魔法付の毎日を過ごしていたら、アイラの性格が歪んだことにも頷ける。
ゲームのアイラは魔力があっても完璧に使いこなせず、お父様の期待にこたえることができなかった。なぜ、お父様はアイラに見切りをつけ、新たな才能ある養子を迎えにいかなかったのか。
もしかすると、アイラも初めはお父様の期待通りの魔法使いになれていたのかもしれない。しかしある程度成長してから、仲違いやほかの様々な理由で、思うようにいかなくなったとか……? 新しく育てるには時間がなかったのかも。本当の理由はどこにも載っていなかったから、全部想像でしかないけど。
とにもかくにも、あと十年後にはフォーチュンに認めてもらえるほどの魔法使いにならなければならない。
うぅ……。また今日みたいなスパルタ指導が待っていると思うと胃がキリキリする。
――マイナスに考えたらだめだ。せっかく〝めいぷれ〟の世界にいるんだから、なんでも楽しまないと。
無理矢理自分を奮い立たせながら、布団をかぶるのも忘れ、私は眠りについた。
「! お、おいしい」
グレンの人間性が滲み出ているような、優しい味に感動する。サラダも絶品でパンもふわふわ。ああ、どんな状況でも、ご飯がおいしいと幸せって感じられるんだなぁ。
それに、グレンは思っていたより数倍親身になってくれているし。優しい性格なのはゲームで知っていたけれど、アイラにもこんなに優しいなんて知らなかった。ゲームのグレンは、クリスタをいじめているアイラをよく思ってなさそうだったから。
最初はこんなふうにアイラに寄り添ってくれていたが、どこかでその関係が壊れちゃったりしたのだろうか。できることなら、グレンともこのまま仲良くやっていきたいところだ。
ひとりで美味しい食事に舌鼓を打っていると、食堂のすぐ近くからバタバタと足音が聞こえた。……ふふっ! グレンが慌ててティーカップとポットを持って来たのかしら。
勝手にその姿を想像して笑っていると、食堂の扉が勢いよく開かれた。昨日ボール片手にはしゃいでいたときに、急に遊び場の扉が大きな音を立てたのと同じくらいの勢いだ。
「グレン、おかえ――」
り。
そのひとことを言う前に、現れた人物を見て、口からぽろりとパンがひとかけら零れ落ちる。
「……まだ飯を食っていたのか。のろまなガキだな」
絶賛朝食中の私の姿を見て、食堂に現れた人物――ジェネシスは思い切り眉間に皺を寄せた。機嫌がよくなさそう。朝の挨拶すら、できる雰囲気ではなさそうだ。
「手を止めるな。さっさと食え。お前、これからの予定をグレンから聞いているか?」
「い、いえ。まだです」
魔法訓練をすることはわかっているが、細かいスケジュールを聞いた覚えはない。
「だと思った。グレンのやつ、いつまで経っても執務室に戻ってきやしないから、おかしいと思ったんだ。……ふたりしてちんたらと。一分たりとも時間を無駄にできないというのに」
グレンが姿を見せないから、様子を見に食堂へ来たら私だけがいた、という流れか。
「いいか。飯を食い終わったら午前中は座学だ。魔法をうまく操るには、それなりの知識も必要になるからな。勉強はグレンが教えてくれる。しっかりその頭に叩き込め。その後昼食と休憩をとり、森で実際に魔法の訓練を行う。これは俺が指導するから、座学ほど甘くはないと覚悟しておけ」
実技だけでなく座学もあるのか。前世で物覚えはよかったほうだ。グレンが先生なら楽しくこなせそう。
「はい。わかりました。おとうさま」
「……ちっ。いちいちその呼び方をしなくていい。昨日もそう言っただろ」
お父様と呼んだだけで舌打ちをされる始末。でも私はやめない。いつか「どうした? アイラ」って、笑いながら言わせてみせる。
気を抜くとくせで〝ジェネシス〟って呼び捨てしそうになるから、これからは心の中でもお父様って呼ぶようにくせづけようっと。
「お嬢様、お待たせしま――って、あれ。ジェネシス様、こちらにいらっしゃっていたのですね」
そこへ、グレンがティーカップを持って戻ってきた。
入口に立つジェネ――お父様をひょいと通り抜け、私の目の前に湯気の立つ淹れたての紅茶を置く。ほのかな茶葉の香りで、ピリついた気持ちも少しばかり癒された。
「グレン。もっと急いで行動しろ。こいつの世話は任せると言ったが、甘やかせとは言っていないしその必要はない」
「甘やかすな、とも言われていませんので」
グレンのまさかの反論に、お父様がむっとするのがわかった。私はふたりのやり取りを、紅茶を飲みながら見届けることに決めた。
「だったら今、命令する。そいつを甘やかすな。もっと厳しく接しろ」
「まぁまぁジェネシス様。相手はまだ五歳の子供ですよ? それに、これだけ魔力の高い人間の子供は多くありません。あまり厳しくしすぎて、彼女を手放すことになるほうが問題だと思いませんか? 成長には、時には飴も必要です」
眉を下げて笑ったまま、宥めるようにグレンは言う。お父様もその意見には納得したのか、それ以上なにも言い返すことはなかった。
「そういえば、ジェネシス様もまだ食後のデザートを召し上がられていませんでしたよね? よかったらここで一緒にどうですか?」
私のさっきの発言を気にかけてくれたのか、グレンがそんな提案をした。だけど、お父様の返事は予想通りだった。
「馬鹿げたことを言うな。一緒に食卓を囲めだと? こいつはただの駒。家族ごっこをしてやるつもりはない。デザートを食べる暇があるなら、一刻も早く座学を開始しろ」
グレンの案を一蹴して、お父様は食堂を出て行ってしまった。……最初から最後までずっと眉間の皺が消えなかったな。
「……お嬢様、あまりお気になさらず。昔からああいうお方なんです」
「大丈夫! いろいろとありがとうグレン。私、ゼリーを食べたらお勉強がんばるから!」
前向きな姿勢を見せる私を見て、グレンは安心したような顔をした。
めそめそしている時間などない。おいしいゼリーでお腹も元気もいっぱいになって、やるべきことをやって、必ずお父様にもフォーチュンにも認めてもらえる聖女になってやる!
グレンに魔法の基礎知識や歴史を教わり、今日の座学は終わった。グレンの用意した昼食を食べ終わると、いよいよ午後からお父様によるレッスンスタートだ。
古城の外から一歩出れば、そこは魔物だらけの森の中。この辺りだけ、昼間なのにずっと薄暗い。日当たりがあまりよくない場所なのかも。
あまり木々のない平地に移動する。グレンの立ち合いのもと、レッスンは密やかに開始された。
「泣き言は通用しない。できないならできるまでやれ。いいか」
「はいっ!」
「……返事は一丁前だな。始めるぞ」
昨日まで魔法のまの字にも触れてこなかった私は、まず自身の魔力を解放するところから。魔法を使えるようになるには、これができなきゃ話にならない。
初めの第一歩で躓くわけにはいかない。さっきグレンに教えてもらったことを意識して、私は魔力の解放を試みた。
『大事なのは集中力とイメージ力。内なる魂の力を呼び覚まし、その力が魔法となって発動するのです。とは言っても、お嬢様はまだ五歳ですから。むずかしいことはあまり考えず、魔法を使っている自分の姿をイメージしてみてください。それが魔力の解放に繋がります』
――魔力の解放に苦戦するのは、あくまで最初の一回目のみ。人によっては誰かの教えがなくとも、自然と魔法を使えるものもいると言っていた。
私は目を閉じると、ゲームで魔法を操っていたアイラの姿を頭の中で鮮明に思い描いた。クリスタには劣っていたけれど、アイラも魔法使いとしての成績は悪くなかったはずだ。私はそのアイラなのだから、魔力の解放など簡単にできるはず。
すると、急に身体がぽかぽかと温かくなる。内側からエネルギーが流れてくるような感覚。これって……!
「……うまくいったようだ。思ったより早かったな」
お父様の声がして目を開ける。身体はなにも変わっていないが、きちんと解放できたみたい。よし、この調子でスムーズに進めていこう。
「魔力が外にあふれ出したのを感じた。今からは実践だ。いくら魔力を高めたとて、使いこなせなければ意味がない。お前には、あらゆる種類の魔法を自在に操れるようになってもらう。まずは――」
こうして、次から次へと休む間もなく、お父様のスパルタ指導が本格的に始まった。
「疲れた! もう無理!」
一日のスケジュールをすべてこなし終えると、私はどさりとベッドに倒れこんだ。
――想像以上だった。あの鬼コーチっぷり。
体力を全部持っていかれたようで、今の私はまるで抜け殻。グレンが作ってくれた晩ご飯も、全部食べることができなかった。
思っていたより何倍、いや、何十倍もきつい。聖女になるまで、こんな日々が続くというのか。……じ、地獄だ。遊び盛りの幼少期から、たったひとり古城で魔法付の毎日を過ごしていたら、アイラの性格が歪んだことにも頷ける。
ゲームのアイラは魔力があっても完璧に使いこなせず、お父様の期待にこたえることができなかった。なぜ、お父様はアイラに見切りをつけ、新たな才能ある養子を迎えにいかなかったのか。
もしかすると、アイラも初めはお父様の期待通りの魔法使いになれていたのかもしれない。しかしある程度成長してから、仲違いやほかの様々な理由で、思うようにいかなくなったとか……? 新しく育てるには時間がなかったのかも。本当の理由はどこにも載っていなかったから、全部想像でしかないけど。
とにもかくにも、あと十年後にはフォーチュンに認めてもらえるほどの魔法使いにならなければならない。
うぅ……。また今日みたいなスパルタ指導が待っていると思うと胃がキリキリする。
――マイナスに考えたらだめだ。せっかく〝めいぷれ〟の世界にいるんだから、なんでも楽しまないと。
無理矢理自分を奮い立たせながら、布団をかぶるのも忘れ、私は眠りについた。