ふたりは謎ときめいて始まりました。
第二章 謎解きは君と一緒に
1
空は澄み渡り、くっきりとした青空が広がる爽やかな昼前。冷たい風が肌寒く、太陽の日差しがぽかぽかとそれを補う。
ロクとミミは肩を並べて街を歩き、時々ミミはロクの様子を窺っていた。気づかないふりをしていたロクだったが、頻繁にそれが起こることにたまりかねて横目に声をかける。
「何だよ」
「別に」
「言いたい事があるならはっきり言え」
「じゃあ、言うけど、あれでよかったのかなって」
ミミは織香の依頼を振り返り、謎は解けてもすっきりとしない何かを感じていた。
「成り行きのこととは言え、勝手に入ってしまって、事がややこしくなると思って隠れてしまった。元々は自分の家だし、行く場所も他にないとしたら、あのまま隠れているしかなかったじゃないか」
「そこは白石さんも戸惑いながら話を聞いて、強く責めはしなかったけどさ」
「ほら、本人たちがそれでいいとなったら、俺たちはきっかけを作ったことでよかったってことさ」
織香の依頼は確かに解決できた。それはいいとしてもミミはその後が気になっていた。
家に潜んでいた笹田聖に頼まれ、事情を一緒に説明することになったロクとミミは、今朝、織香の帰りを家の前で待っていた。
『真剣に話し合いするときに、こんな服でいいのかな』
ミミはかわいらしい柴犬のイラストが胸についたピンクのパーカーを着ていた。舌をだして愛嬌ある柴犬の顔が大きく前面に出ていた。
『あまりシリアスにならないための真理作戦だ。可愛いものをみれば落ち着くもんだ』
『だからといって、同じものをロクも着る?』
色こそ違えど、ロクも青い同じデザインのものを着ていた。それらは九重からの贈り物だった。いつ着ればいいのか送られてきたときは躊躇したが、九重からのメッセージを見れば
――仕事に悩んだ時はこれをミミと着てみて。気持ちが明るくなるわよ。
とあった。まさにロクはあまりいい気がしなくて、その言葉を信じて着ることにした。
ミミには祖母からの贈り物ということは伏せている。
『それだけシリアスで重い話だからだよ』
ロクの言葉で側に立っていた笹田が恐縮していた。
三人が玄関前で立ち並ぶ。やがて織香が帰宅し、ずらっと三人勢ぞろいに驚いた。
夜勤明けの織香は徹夜で疲れていたはずだ。見知らぬ男がひとり増え、何がどうなっているのか、よくわからないままの対応だった。
三人は家に上げられ、畏まって畳の上で皆が正座する。織香は笹田から一通りの釈明を受けていた。真実が話されたとき、そこにいた笹田にどう反応していいのか分からず、言葉を失って目だけが見開いて凝視していた。
笹田は土下座して何度も謝り、ロクも他人事ながら仕方なかったことだとフォローを入れていた。 ミミは側で黙ってそのやり取りを見ていた。ミミが心配したのは、織香が笹田をどう扱うかだった。
女性視点で考えれば、気持ちの悪い変態行為だ。見知らぬ者が潜んで自分の生活を素知らぬ顔で覗き見していたなんて、普通なら怖くてトラウマだ。
だが、織香はしっかりとしていた。それとも寝ていない頭で深く考えられなかったのだろうか。笹田の犯した罪に激怒することはなかった。土下座している笹田を前に淡々と声を掛けた。
『そうですか。それで笹田さんはこれからどうするおつもりで』
織香は笹田に出て行けと遠まわしに言っていたとしても、元々は笹田の実家でもある。はっきりと言えないものをミミも側で聞いて感じていた。
『あの、よろしければ、当分の間ここで住まわせて頂けませんか?』
それが笹田の答えだった。
ミミは『えっ』とずうずうしいと思ったが、織香は暫く無言で考え込んでいた。
『部屋に鍵をつけたら、プライベートな領域は干渉されない。共同スペースも白石さんが家にいる時は笹田さんにできるだけ遠慮してもらえばいい』
『ちょっとロク、何言っているのよ』
ミミが嗜める。
『いや、俺たちが一緒に共同生活しているくらいだ。男女が家をシェアしながら住むのは可能だって言いたいだけだ』
『えっ、ふたりは同棲を?』
織香が言った。
ロクはその言葉の響きにドキドキしてしまう。
『ちょっと待って下さい。俺たちは訳あってひとつ屋根の下で別々の部屋で暮らしているということです。な、ミミ』
『でも一緒に暮らすって、意味的には同棲で間違ってないんじゃないの?』
ミミはここでロクと暮らしている事を織香の前で少しアピールし、入り込む余地がない印象を刷り込もうとしていた。
織香の前ではすましているが、内心ロクが織香に興味をもったらどうしようと恐れていた。悔しいけど、ミミは織香が美しい女性だと認めていた。
『ミミさんは、そのことについてはなんとも思ってないんですか?』
織香に質問され、ミミはドキッとしてしまった。
『えっと、楽しいとは思ってます』
『楽しい?』
『一緒に仕事をしていることもありますが、お互いを支えあって冒険しているようなワクワク感もあるんです。ひとりだったら路頭に迷っていたけど、ロクのお陰で色んな新しいものを見られるというのか。実際、違う世界に迷い込んで変な気分なんですけど、それ以上に今は楽しいです』
だからロクを誘惑するような真似はやめてね、とそれを心の中で呟いておどけたようにヘヘヘと笑った。
『こら、調子に乗るな』
ロクが軽くミミの頭を叩いた。
『なんだかわかりませんが、おふたりは上手くいってる感じですね』
織香が言い終わるのと被るようにミミは『はい』と自信たっぷりに返事する。
『やはりよく知らない男性と一緒に生活するのは世間体にもあまりいい印象を与えないような気がしますが、実家に帰ってこられた息子さんを追い出すこともできかねます。私も笹田ご夫妻との約束でこの家を綺麗に保たないといけないのと、その条件でお安く貸していただいているので、今すぐに次の場所へ引っ越すこともできません。そうすると逸見さんやミミさんのようにシェアをした方がいいのかもしれませんね』
結論を出しても織香はそれでいいのか自信がなさそうだ。
『すみません。私もできるだけ邪魔にならないようにしますし、目処が立ったらいずれ出て行きますので、どうかよろしくお願いします』
笹田はまた頭を下げた。
織香の戸惑いを見ていたミミはそこではっとした。自分の都合のいい事だけしか考えてなかったため、本当は嫌だとはっきりといえなかった当事者の織香に申し訳なくなっていく。
これでよかったのかと罪悪感だけが後味悪く残っていた。
後の話し合いは織香と笹田に任せ、ミミとロクは一件落着を無理やり押し付けて帰ろうとする。
『あっ、逸見さん、待って下さい』
玄関に向かっていたとき、織香に引き止められる。
ロクが振り返れば、織香は財布を持って中身を出そうとしていた。
『あの、依頼料をお払いしないと』
三千円を差し出されるも、慣れないロクは受け取りにくい。それでも出されたからには恐縮してお金を受け取った。
後ろの方にいる笹田と目が合い、笹田もどこか申し訳ないような顔つきだった。
『それからですね、あの、もうひとつ調べてもらいたい事があるんですけど』
謎を解き、安かったことで探偵に依頼するハードルが低くなったのか、織香は気軽に持ちかける。
『まだ何かあるんですか?』
ロクは落ち着かない様子で受け答えしていた。
空は澄み渡り、くっきりとした青空が広がる爽やかな昼前。冷たい風が肌寒く、太陽の日差しがぽかぽかとそれを補う。
ロクとミミは肩を並べて街を歩き、時々ミミはロクの様子を窺っていた。気づかないふりをしていたロクだったが、頻繁にそれが起こることにたまりかねて横目に声をかける。
「何だよ」
「別に」
「言いたい事があるならはっきり言え」
「じゃあ、言うけど、あれでよかったのかなって」
ミミは織香の依頼を振り返り、謎は解けてもすっきりとしない何かを感じていた。
「成り行きのこととは言え、勝手に入ってしまって、事がややこしくなると思って隠れてしまった。元々は自分の家だし、行く場所も他にないとしたら、あのまま隠れているしかなかったじゃないか」
「そこは白石さんも戸惑いながら話を聞いて、強く責めはしなかったけどさ」
「ほら、本人たちがそれでいいとなったら、俺たちはきっかけを作ったことでよかったってことさ」
織香の依頼は確かに解決できた。それはいいとしてもミミはその後が気になっていた。
家に潜んでいた笹田聖に頼まれ、事情を一緒に説明することになったロクとミミは、今朝、織香の帰りを家の前で待っていた。
『真剣に話し合いするときに、こんな服でいいのかな』
ミミはかわいらしい柴犬のイラストが胸についたピンクのパーカーを着ていた。舌をだして愛嬌ある柴犬の顔が大きく前面に出ていた。
『あまりシリアスにならないための真理作戦だ。可愛いものをみれば落ち着くもんだ』
『だからといって、同じものをロクも着る?』
色こそ違えど、ロクも青い同じデザインのものを着ていた。それらは九重からの贈り物だった。いつ着ればいいのか送られてきたときは躊躇したが、九重からのメッセージを見れば
――仕事に悩んだ時はこれをミミと着てみて。気持ちが明るくなるわよ。
とあった。まさにロクはあまりいい気がしなくて、その言葉を信じて着ることにした。
ミミには祖母からの贈り物ということは伏せている。
『それだけシリアスで重い話だからだよ』
ロクの言葉で側に立っていた笹田が恐縮していた。
三人が玄関前で立ち並ぶ。やがて織香が帰宅し、ずらっと三人勢ぞろいに驚いた。
夜勤明けの織香は徹夜で疲れていたはずだ。見知らぬ男がひとり増え、何がどうなっているのか、よくわからないままの対応だった。
三人は家に上げられ、畏まって畳の上で皆が正座する。織香は笹田から一通りの釈明を受けていた。真実が話されたとき、そこにいた笹田にどう反応していいのか分からず、言葉を失って目だけが見開いて凝視していた。
笹田は土下座して何度も謝り、ロクも他人事ながら仕方なかったことだとフォローを入れていた。 ミミは側で黙ってそのやり取りを見ていた。ミミが心配したのは、織香が笹田をどう扱うかだった。
女性視点で考えれば、気持ちの悪い変態行為だ。見知らぬ者が潜んで自分の生活を素知らぬ顔で覗き見していたなんて、普通なら怖くてトラウマだ。
だが、織香はしっかりとしていた。それとも寝ていない頭で深く考えられなかったのだろうか。笹田の犯した罪に激怒することはなかった。土下座している笹田を前に淡々と声を掛けた。
『そうですか。それで笹田さんはこれからどうするおつもりで』
織香は笹田に出て行けと遠まわしに言っていたとしても、元々は笹田の実家でもある。はっきりと言えないものをミミも側で聞いて感じていた。
『あの、よろしければ、当分の間ここで住まわせて頂けませんか?』
それが笹田の答えだった。
ミミは『えっ』とずうずうしいと思ったが、織香は暫く無言で考え込んでいた。
『部屋に鍵をつけたら、プライベートな領域は干渉されない。共同スペースも白石さんが家にいる時は笹田さんにできるだけ遠慮してもらえばいい』
『ちょっとロク、何言っているのよ』
ミミが嗜める。
『いや、俺たちが一緒に共同生活しているくらいだ。男女が家をシェアしながら住むのは可能だって言いたいだけだ』
『えっ、ふたりは同棲を?』
織香が言った。
ロクはその言葉の響きにドキドキしてしまう。
『ちょっと待って下さい。俺たちは訳あってひとつ屋根の下で別々の部屋で暮らしているということです。な、ミミ』
『でも一緒に暮らすって、意味的には同棲で間違ってないんじゃないの?』
ミミはここでロクと暮らしている事を織香の前で少しアピールし、入り込む余地がない印象を刷り込もうとしていた。
織香の前ではすましているが、内心ロクが織香に興味をもったらどうしようと恐れていた。悔しいけど、ミミは織香が美しい女性だと認めていた。
『ミミさんは、そのことについてはなんとも思ってないんですか?』
織香に質問され、ミミはドキッとしてしまった。
『えっと、楽しいとは思ってます』
『楽しい?』
『一緒に仕事をしていることもありますが、お互いを支えあって冒険しているようなワクワク感もあるんです。ひとりだったら路頭に迷っていたけど、ロクのお陰で色んな新しいものを見られるというのか。実際、違う世界に迷い込んで変な気分なんですけど、それ以上に今は楽しいです』
だからロクを誘惑するような真似はやめてね、とそれを心の中で呟いておどけたようにヘヘヘと笑った。
『こら、調子に乗るな』
ロクが軽くミミの頭を叩いた。
『なんだかわかりませんが、おふたりは上手くいってる感じですね』
織香が言い終わるのと被るようにミミは『はい』と自信たっぷりに返事する。
『やはりよく知らない男性と一緒に生活するのは世間体にもあまりいい印象を与えないような気がしますが、実家に帰ってこられた息子さんを追い出すこともできかねます。私も笹田ご夫妻との約束でこの家を綺麗に保たないといけないのと、その条件でお安く貸していただいているので、今すぐに次の場所へ引っ越すこともできません。そうすると逸見さんやミミさんのようにシェアをした方がいいのかもしれませんね』
結論を出しても織香はそれでいいのか自信がなさそうだ。
『すみません。私もできるだけ邪魔にならないようにしますし、目処が立ったらいずれ出て行きますので、どうかよろしくお願いします』
笹田はまた頭を下げた。
織香の戸惑いを見ていたミミはそこではっとした。自分の都合のいい事だけしか考えてなかったため、本当は嫌だとはっきりといえなかった当事者の織香に申し訳なくなっていく。
これでよかったのかと罪悪感だけが後味悪く残っていた。
後の話し合いは織香と笹田に任せ、ミミとロクは一件落着を無理やり押し付けて帰ろうとする。
『あっ、逸見さん、待って下さい』
玄関に向かっていたとき、織香に引き止められる。
ロクが振り返れば、織香は財布を持って中身を出そうとしていた。
『あの、依頼料をお払いしないと』
三千円を差し出されるも、慣れないロクは受け取りにくい。それでも出されたからには恐縮してお金を受け取った。
後ろの方にいる笹田と目が合い、笹田もどこか申し訳ないような顔つきだった。
『それからですね、あの、もうひとつ調べてもらいたい事があるんですけど』
謎を解き、安かったことで探偵に依頼するハードルが低くなったのか、織香は気軽に持ちかける。
『まだ何かあるんですか?』
ロクは落ち着かない様子で受け答えしていた。