ふたりは謎ときめいて始まりました。
8
ロクとミミが家に着いたとき、時計は五時になろうとしていた。
「ああ、疲れた」
どさっとソファーに座り込むロク。
「お茶入れようか?」
「いいよ、ミミも疲れてるだろ。ゆっくりしろよ」
ロクに言われてミミもソファーに座り込んだ。
「本当だね。ずっと立て続けに色んな謎が飛び込んできたね。だけど、久ちゃんにあんなこと言って大丈夫? もし消しゴムが戻ってこなかったらどうするの?」
「その時は仕方がない。お詫びに俺が買ってプレゼントするよ。でも必ず消しゴムは返ってくるさ。久太郎が困る事は望んでないだろうし、ただの出来心だったんだよ」
「出来心?」
「ああ、あの消しゴムを持っているのは、あの葉山っていう女の子だ」
ロクの言葉にミミは驚いた。
「ええっ、どうしてそう思ったの?」
「あの女の子は久太郎の事が好きなんだよ。久太郎が持っていたものが欲しかっただけさ。最初は消しゴムに触れただけだったのかもしれない。だけど気がついたらずっと握り締めて、返せなくなったんだよ。本当に盗ってしまった。そこで、自分が怪しまれないように、落し物箱に入っているってわざわざ久太郎に聞こえるように嘘を言ったのさ。自分が見たときは入っていたけど、久太郎が見たときには何もなかった。盗った本人がわざわざそんな発言しないだろうという裏をかいたのさ。そうすることで、他の誰かがその消しゴムをもっていったという可能性を作り上げた」
「まさか」
「消しゴムがほしかったのは、久太郎の持ち物だったからだ。名前も本人が書いたのなら、なおさらその消しゴムは久太郎の分身に思えてくるはずだ」
「好きな人のものが欲しかっただけで、歪んだ愛がそうさせたってこと?」
ミミはまだ驚いている。
「消しゴムが戻ってくると魔法をかけたといったのは、あの女の子に返すチャンスを与えたかったからだ。信じて喜んでいる久太郎をみたら、返さざるを得ないだろ? その心理をついたってわけ」
「だけど、どこであの女の子が犯人だってわかったの?」
「俺が魔法を使えると久太郎から聞いて、異常に俺を避けたのがきっかけだった。普通ならああいう話題がでたら、子供は怯えるよりも喜ぶからね。久太郎が誘拐されるかもと勇敢に俺たちの前に立ちはだかったのに、消極的に怖がり出したのがちょっと違和感だったんだ。これは何か都合が悪い事があるからだって考えると、その時すっと全てが繋がったんだ」
誇らしげにロクは腕を組んでいた。
「あの時、彼女が久ちゃんの消しゴムを持っていたんだね。それを魔法で取り出されるのが怖かったってところかな」
「魔法は半信半疑だっただろうけど、あの年頃はもしかしてって変に信じてしまうことがあるからね。本当に子供だましの手だけど」
「上手く行くといいな」
「あの子は好きな人のためならって思うとちゃんと返すと思う。それに、いくら分身だと思って持っていても、どこかで盗んだ罪悪感も消えなかったと思う」
「だけど、ロクの探偵業、なんか板についてきたね」
「そうかな。今のところはまぐれだよ。それより、谷原さんのあの一件はどうなるんだろうね。今晩、電話かかってくるだろうか」
ロクははぁとため息を吐いていた。
「忠義さんはかなり具合が悪そうだよね。そんな姿を見るのも辛いだろうし、そんな時に浮気を疑ってしまうって、息子さんはかなり悩まれたんじゃないかな。その誤解が解けるといいんだけど、信じてもらえるかな」
「俺たちがどうこう言っても仕方がないし、報告を待つしかない。それよりも依頼を受けるときの金額をちょっと設定しようか。ミミも手伝ってくれないか」
「うん、もちろんいいよ。だって私は助手だもの」
ミミは袖をまくり張り切るしぐさを見せ付ける。
「でもな、金額を設定しても、もし謎が解けなかったり、解決できなかったらどうしよう」
「何を弱気になっているの。しっかりしてよ。なんとかなるよ」
「なんとかなるって、裏を返せばえらく頼りない探偵事務所だ」
「それならさ、コーヒーショップに変えようか。私もお菓子作って一緒に出すの」
「ここを喫茶店にするのか?」
「そう、飲み物とケーキつきにして、お気軽相談所みたいにすれば、まさにお茶を濁せるかも」
「おいっ!」
ロクはつい力を入れて突っ込んでしまう。
「それが嫌だったら頑張るしかないじゃない。まあ、この先、依頼があるか定かでもないし、とにかく料金設定して、それから色々と勉強しよう。あそこにはシャーロックホームズの本が揃ってるし、アガサクリスティもある。これを読み込めばコツがつかめるかも」
壁際の棚に並べられた本をミミは見つめる。
ロクもそれにつられて同じ方向を見ていたら、成り行きで探偵と嘘をついた自分が悪いと、背水の陣で取り組む覚悟を決めた。
「よし、それじゃ、まずは料金だ」
ふたりはあれやこれやと意見を出し合う。ロクが低く見積もれば、ミミは自信を持てと尻を叩く。
「安くしすぎても、冷やかしするように無茶で変な依頼が来ちゃうかもしれないよ」
「それもそうだな」
しかし高く見積もれば、依頼する側も躊躇われる。またクライアントの思うように解決できなかったらとやっぱりロクは弱気になってしまう。
「そんなに心配しなくてもロクなら大丈夫だって」
ミミの励ましがロクの心を温かくしていた。ミミがいるからロクは探偵になれる、いや、ならなくてはならない。
「よし、それじゃお金の設定はミミに任せるよ。俺は依頼を受けてやれる事をやる」
「うん、わかった。その時のロクの様子を見て、本気がでる値段をつけるね」
「どんな値段設定だよ」
「その時のお楽しみ。へへへ」
ミミのチャレンジャーな明るさが心地いい。ロクはなんとかなりそうだと気楽になった。
料金設定が解決し、ミミは立ち上がり伸びをした。そして目に付いた本棚を覗き込む。
「あのさ、ここ、家具は洗練されたデザインだし、キッチンもプロ並の設備だし、部屋の温度も湿度も自動で管理されて、すごく素敵な部屋だけどさ、なぜ、テレビがないんだろう。ラジオもないし、ステレオもなくて音楽も聴けない」
「そういえば、そうだ。でも今の時代はテレビ観ないからね」
ほとんどスマートフォーンで事足りる。
「別に観たいとは思わないけど、なんか外からの情報とかあった方がいいんじゃないかな」
「別に大丈夫だよ。今ならこれがあるし」
ロクはスマートフォーンを取り出した。
「それ、何? 歩きながらそういうの見ている人この辺多いよね。電卓?」
「おいおい、今時スマートフォーンも知らない……あっ」
「どうしたの?」
「ううん、そうこれ最新の電卓」
「みんな歩きながら計算しているの?」
「予定や電話番号も記憶できるから、メモしているんじゃないかな」
記憶の混乱。テレビがここにないのもミミを溢れる情報から守るためだとロクは機転を利かす。
「すごいね。うちは金持ちのくせに、世間で流行っているものを持たせてくれないの。へんなところでケチるんだ」
「おい、さらりと金持ちって言ってるぞ」
「へへへ」
ミミは棚から本を取り出す。シャーロックホームズの文庫本をランダムに一冊手にしていた。すでに何度も読み込まれ、紙が茶けている。それをパラパラと親指で弾くように中を見ていた。
その中に二つ折の紙が紛れ込んでいた。
「あっ、なんか挟まっている」
ミミがそれを開いてみれば、古ぼけていた領収書だった。
「セイスヒフミ様 1980円 未来屋古書店」
「その本、古本屋で購入したんだろう。たまに何かが挟まってるときがあるよ」
「これ、ロクが買ったんじゃないの?」
「ああ、ここに来たらすでにあったよ」
自分の知らない人の名前が書かれた領収書。きっと栞代わりに使っていたのだろう。ミミは不思議な気持ちで領収書を本に戻した。
暫くは各々にゆったりと過ごしていたが、窓の外がすっかり暗いことに気がつき、ミミはベランダに続く吐き出し窓のカーテンを閉め出した。知らずとお腹もグーッとなっていた。
「もうすぐ七時になるけど、夕ご飯どうする?」
「ああ、軽くでいいや。カップ麺があったよね」
ソファーで本を読んでいたロクは疲れた目を押さえていた。
「そんなんでいいの? 冷蔵庫にはそろそろ食べなくっちゃいけないもの結構あるよ」
「例えば?」
「キャベツ」
「……やっぱりカップ麺で」
「それじゃ、焼きソバにしようか。このラーメンの麺でソース足したらいいんじゃない」
ミミはカップ麺を掲げて見せていた。
「キャベツ忘れて。カップ麺にお湯をいれるだけでいいから」
「野菜もとらないといけないしさ」
「いいよ、自分で作るから」
ロクが立ち上がったときだった。インターホンのチャイムの音が鳴り響き、ふたりはハッとして顔を見合わせた。
ロクとミミが家に着いたとき、時計は五時になろうとしていた。
「ああ、疲れた」
どさっとソファーに座り込むロク。
「お茶入れようか?」
「いいよ、ミミも疲れてるだろ。ゆっくりしろよ」
ロクに言われてミミもソファーに座り込んだ。
「本当だね。ずっと立て続けに色んな謎が飛び込んできたね。だけど、久ちゃんにあんなこと言って大丈夫? もし消しゴムが戻ってこなかったらどうするの?」
「その時は仕方がない。お詫びに俺が買ってプレゼントするよ。でも必ず消しゴムは返ってくるさ。久太郎が困る事は望んでないだろうし、ただの出来心だったんだよ」
「出来心?」
「ああ、あの消しゴムを持っているのは、あの葉山っていう女の子だ」
ロクの言葉にミミは驚いた。
「ええっ、どうしてそう思ったの?」
「あの女の子は久太郎の事が好きなんだよ。久太郎が持っていたものが欲しかっただけさ。最初は消しゴムに触れただけだったのかもしれない。だけど気がついたらずっと握り締めて、返せなくなったんだよ。本当に盗ってしまった。そこで、自分が怪しまれないように、落し物箱に入っているってわざわざ久太郎に聞こえるように嘘を言ったのさ。自分が見たときは入っていたけど、久太郎が見たときには何もなかった。盗った本人がわざわざそんな発言しないだろうという裏をかいたのさ。そうすることで、他の誰かがその消しゴムをもっていったという可能性を作り上げた」
「まさか」
「消しゴムがほしかったのは、久太郎の持ち物だったからだ。名前も本人が書いたのなら、なおさらその消しゴムは久太郎の分身に思えてくるはずだ」
「好きな人のものが欲しかっただけで、歪んだ愛がそうさせたってこと?」
ミミはまだ驚いている。
「消しゴムが戻ってくると魔法をかけたといったのは、あの女の子に返すチャンスを与えたかったからだ。信じて喜んでいる久太郎をみたら、返さざるを得ないだろ? その心理をついたってわけ」
「だけど、どこであの女の子が犯人だってわかったの?」
「俺が魔法を使えると久太郎から聞いて、異常に俺を避けたのがきっかけだった。普通ならああいう話題がでたら、子供は怯えるよりも喜ぶからね。久太郎が誘拐されるかもと勇敢に俺たちの前に立ちはだかったのに、消極的に怖がり出したのがちょっと違和感だったんだ。これは何か都合が悪い事があるからだって考えると、その時すっと全てが繋がったんだ」
誇らしげにロクは腕を組んでいた。
「あの時、彼女が久ちゃんの消しゴムを持っていたんだね。それを魔法で取り出されるのが怖かったってところかな」
「魔法は半信半疑だっただろうけど、あの年頃はもしかしてって変に信じてしまうことがあるからね。本当に子供だましの手だけど」
「上手く行くといいな」
「あの子は好きな人のためならって思うとちゃんと返すと思う。それに、いくら分身だと思って持っていても、どこかで盗んだ罪悪感も消えなかったと思う」
「だけど、ロクの探偵業、なんか板についてきたね」
「そうかな。今のところはまぐれだよ。それより、谷原さんのあの一件はどうなるんだろうね。今晩、電話かかってくるだろうか」
ロクははぁとため息を吐いていた。
「忠義さんはかなり具合が悪そうだよね。そんな姿を見るのも辛いだろうし、そんな時に浮気を疑ってしまうって、息子さんはかなり悩まれたんじゃないかな。その誤解が解けるといいんだけど、信じてもらえるかな」
「俺たちがどうこう言っても仕方がないし、報告を待つしかない。それよりも依頼を受けるときの金額をちょっと設定しようか。ミミも手伝ってくれないか」
「うん、もちろんいいよ。だって私は助手だもの」
ミミは袖をまくり張り切るしぐさを見せ付ける。
「でもな、金額を設定しても、もし謎が解けなかったり、解決できなかったらどうしよう」
「何を弱気になっているの。しっかりしてよ。なんとかなるよ」
「なんとかなるって、裏を返せばえらく頼りない探偵事務所だ」
「それならさ、コーヒーショップに変えようか。私もお菓子作って一緒に出すの」
「ここを喫茶店にするのか?」
「そう、飲み物とケーキつきにして、お気軽相談所みたいにすれば、まさにお茶を濁せるかも」
「おいっ!」
ロクはつい力を入れて突っ込んでしまう。
「それが嫌だったら頑張るしかないじゃない。まあ、この先、依頼があるか定かでもないし、とにかく料金設定して、それから色々と勉強しよう。あそこにはシャーロックホームズの本が揃ってるし、アガサクリスティもある。これを読み込めばコツがつかめるかも」
壁際の棚に並べられた本をミミは見つめる。
ロクもそれにつられて同じ方向を見ていたら、成り行きで探偵と嘘をついた自分が悪いと、背水の陣で取り組む覚悟を決めた。
「よし、それじゃ、まずは料金だ」
ふたりはあれやこれやと意見を出し合う。ロクが低く見積もれば、ミミは自信を持てと尻を叩く。
「安くしすぎても、冷やかしするように無茶で変な依頼が来ちゃうかもしれないよ」
「それもそうだな」
しかし高く見積もれば、依頼する側も躊躇われる。またクライアントの思うように解決できなかったらとやっぱりロクは弱気になってしまう。
「そんなに心配しなくてもロクなら大丈夫だって」
ミミの励ましがロクの心を温かくしていた。ミミがいるからロクは探偵になれる、いや、ならなくてはならない。
「よし、それじゃお金の設定はミミに任せるよ。俺は依頼を受けてやれる事をやる」
「うん、わかった。その時のロクの様子を見て、本気がでる値段をつけるね」
「どんな値段設定だよ」
「その時のお楽しみ。へへへ」
ミミのチャレンジャーな明るさが心地いい。ロクはなんとかなりそうだと気楽になった。
料金設定が解決し、ミミは立ち上がり伸びをした。そして目に付いた本棚を覗き込む。
「あのさ、ここ、家具は洗練されたデザインだし、キッチンもプロ並の設備だし、部屋の温度も湿度も自動で管理されて、すごく素敵な部屋だけどさ、なぜ、テレビがないんだろう。ラジオもないし、ステレオもなくて音楽も聴けない」
「そういえば、そうだ。でも今の時代はテレビ観ないからね」
ほとんどスマートフォーンで事足りる。
「別に観たいとは思わないけど、なんか外からの情報とかあった方がいいんじゃないかな」
「別に大丈夫だよ。今ならこれがあるし」
ロクはスマートフォーンを取り出した。
「それ、何? 歩きながらそういうの見ている人この辺多いよね。電卓?」
「おいおい、今時スマートフォーンも知らない……あっ」
「どうしたの?」
「ううん、そうこれ最新の電卓」
「みんな歩きながら計算しているの?」
「予定や電話番号も記憶できるから、メモしているんじゃないかな」
記憶の混乱。テレビがここにないのもミミを溢れる情報から守るためだとロクは機転を利かす。
「すごいね。うちは金持ちのくせに、世間で流行っているものを持たせてくれないの。へんなところでケチるんだ」
「おい、さらりと金持ちって言ってるぞ」
「へへへ」
ミミは棚から本を取り出す。シャーロックホームズの文庫本をランダムに一冊手にしていた。すでに何度も読み込まれ、紙が茶けている。それをパラパラと親指で弾くように中を見ていた。
その中に二つ折の紙が紛れ込んでいた。
「あっ、なんか挟まっている」
ミミがそれを開いてみれば、古ぼけていた領収書だった。
「セイスヒフミ様 1980円 未来屋古書店」
「その本、古本屋で購入したんだろう。たまに何かが挟まってるときがあるよ」
「これ、ロクが買ったんじゃないの?」
「ああ、ここに来たらすでにあったよ」
自分の知らない人の名前が書かれた領収書。きっと栞代わりに使っていたのだろう。ミミは不思議な気持ちで領収書を本に戻した。
暫くは各々にゆったりと過ごしていたが、窓の外がすっかり暗いことに気がつき、ミミはベランダに続く吐き出し窓のカーテンを閉め出した。知らずとお腹もグーッとなっていた。
「もうすぐ七時になるけど、夕ご飯どうする?」
「ああ、軽くでいいや。カップ麺があったよね」
ソファーで本を読んでいたロクは疲れた目を押さえていた。
「そんなんでいいの? 冷蔵庫にはそろそろ食べなくっちゃいけないもの結構あるよ」
「例えば?」
「キャベツ」
「……やっぱりカップ麺で」
「それじゃ、焼きソバにしようか。このラーメンの麺でソース足したらいいんじゃない」
ミミはカップ麺を掲げて見せていた。
「キャベツ忘れて。カップ麺にお湯をいれるだけでいいから」
「野菜もとらないといけないしさ」
「いいよ、自分で作るから」
ロクが立ち上がったときだった。インターホンのチャイムの音が鳴り響き、ふたりはハッとして顔を見合わせた。