ふたりは謎ときめいて始まりました。
2
「ここが、中井戸さんのアパートだね」
ミミは辺りを見回す。住宅が密集していて、どこから聞き込み調査していいのか困惑していた。
「白石さんの家にも近いし、黒猫がこのあたりを縄張りとして歩き回っていると考えたら、範囲が絞れるかもしれない」
「人の家の中に入っていくこともあるから、範囲かなり広くない?」
「それでも手がかりは黒猫が出没する場所だ。黒猫に運んでもらいたいと思って投げつけた」
「でも、そう考えたら、投げた人は家から出られないってことでしょ。それって監禁されてるってことかな」
「これが助けてというサインなら、なんらかのトラブルに巻き込まれているのは確かだ」
「びしようじより……これ、子供が書いた字なのか、利き手じゃない手で書いた字なのか、あまりにも下手すぎ」
「なぜそんな字を書かなければならなかったのか。利き手を怪我していたのかもしれない」
「それだったら、かなり絞れてくる。手を怪我している人を探せばいいんだ」
「それじゃ二手に分かれよう。ここから聞き込み開始だ」
「なんか、本当に探偵みたいだ」
「おい、俺たちは探偵なんだよ。助手のミミ君」
「イエッサー、逸見探偵殿」
ミミは敬礼をして、くるりと踵の踵を返した。
中井戸のアパートの裏に建つ分譲住宅から始める。
中井戸のいう通り、今日は天気がよく、青空が広がっている。すでにミミは汗ばんできていた。
仕事とはいえ少し躊躇するが、どうにでもなれと勢い付けて目に付いた家のインターホンを押した。
家の敷地内に停めてある白い車をぼうっと見ていると、暫くして家の中の人と繋がった。
「あっ、すみません、少しお伺いしたい事があるんですが」
そういったとたん、相手の返答が冷たく返ってくる。
「なんだ、宗教の勧誘か。それとも訪問販売か。うちは間に合ってるから他をあたりな」
ぶっきら棒な男の声。
「いえ、違うんです、あの、黒猫を」
言い終わらない間に、インターホンがブチッと切られてしまった。
露骨に嫌がられ邪険にされると、ミミは仕方なくその家から離れた。
少し離れた先にいたロクも、インターホン前で何かを話している様子だが、苦戦しているように見える。
話し終わったとき、ロクもミミを見て首を横に振り容易く行かないと伝えてくる。
ミミはそこで拳を握り両手でガッツポーズを見せて励ます。ロクも首を縦に振った。
ふたりはやるしかない切羽詰ったものを背負い、聞き込み捜査を続けた。最初は警戒する人がほとんどだが、勧誘でも押し売りでもないとわかると大概は話を聞いてくれた。中には黒猫を見かけた事があるという人も現れ、少しは発展していく。だが、メモを書いた主に行き当たる情報は全く皆無だった。
何度も同じ事を説明しているうちに、どんどん疲労していくミミ。思うような情報を掴めない事に不満も募っていい加減嫌気が差してきた。
聞き込み開始から小一時間は経っていた。何をしても情報は見つからない気になってしまい、どんどんやる気がそがれていった。
「あっ、ロクだ」
十字路の角で誰かと話しているロクを見掛け、ミミは走り寄った。近づいたとき、そこに一緒にいたのは笹田聖だった。白石織香に変態行為をしてしまったあの男だ。
「こんにちは」
ミミが声を掛けると、笹田は戸惑いながら会釈する。
「先日はどうもお世話になりました。今、逸見さんにもお礼を言っていたところなんです」
「ご丁寧にどうも。その後はいかがお過ごしですか?」
「あっ、はい、そのまあまあなんとか上手くやってます」
すっきりとしない言い方は肩身が狭い様子が窺える。
「今日はどこかお出かけなんですか?」
「その、織香さんがお休みなので、邪魔しちゃいけないと外に出てたんです。これから知り合いに会いにいこうかなとか思いまして」
体は逞しい筋肉質なのに、気弱でヘコヘコとして落ち着きがなく、困惑したにやけ顔が頼りなさそうだ。ロクよりも年上だが、恩があるためとても腰が低いその態度は見ていて可哀想になってくる。
「それじゃ失礼します」
ロクを気にしながら笹田は去っていった。
「なんとか白石さんとは上手くいってるみたいだね」
自然に顔が綻ぶミミ。
「うーん、実際は大変なんだろうけど、白石さん大丈夫かな」
「なんでロクが心配するのよ」
ミミは不満げだ。
「いや、別にそうじゃないけど、ミミも最初はあれでよかったのか心配してたじゃないか」
「まあ、そうだけど、笹田さんって温和な人だし、きっと大丈夫だよ」
「そうであってほしいけど」
ロクの歯切れが悪い。
「何を心配しているの? 変態行為?」
「なんだよ、それ。そうじゃないけどさ、とにかく何かあったら俺たちにも多少の責任があるってことだよ」
「私たちだって赤の他人同士だけど、いきなり一緒に暮らしたんだよ。笹田さんはロク以上に安心できる人だと思う」
「なんでそこで俺が基準になってるんだよ」
「だって、数週間住んだらさ、ロクのことわかってくるし、これ一応褒め言葉なんだけどな。だって、ロクってなかなかかっこい……」
恥ずかしさで語尾が弱くなる。
ロクはその時、白いワンボックスカーが側を走っていくのに気をとられていた。
「危ないなあの車、スピード出しすぎじゃないのか」
「えっ、車?」
いいところを邪魔されて、ミミは去って行った白い車をキッと睨んだ。
「ええと、何の話してたっけ?」
ロクが訊くとミミはしらけていた。
「別に大したことない話。それよりも何かいい情報を掴んだの?」
「いや、あいにく何もない。黒猫がこの辺りをうろついているくらいしかわからなかった」
「これからどうする? まだ聞き込みする?」
「ちょっと白石さん宅によってみようか」
「なんで、そんなに白石さんのこと気になるの?」
ミミの声が沈んだ。
「近くまで来たし一応、フォローをしておいたほうがいいだろう。いくぞ、ミミ」
ロクが歩き出す。
その後ろで頬をぷくっと膨らませてミミはついていった。
「ここが、中井戸さんのアパートだね」
ミミは辺りを見回す。住宅が密集していて、どこから聞き込み調査していいのか困惑していた。
「白石さんの家にも近いし、黒猫がこのあたりを縄張りとして歩き回っていると考えたら、範囲が絞れるかもしれない」
「人の家の中に入っていくこともあるから、範囲かなり広くない?」
「それでも手がかりは黒猫が出没する場所だ。黒猫に運んでもらいたいと思って投げつけた」
「でも、そう考えたら、投げた人は家から出られないってことでしょ。それって監禁されてるってことかな」
「これが助けてというサインなら、なんらかのトラブルに巻き込まれているのは確かだ」
「びしようじより……これ、子供が書いた字なのか、利き手じゃない手で書いた字なのか、あまりにも下手すぎ」
「なぜそんな字を書かなければならなかったのか。利き手を怪我していたのかもしれない」
「それだったら、かなり絞れてくる。手を怪我している人を探せばいいんだ」
「それじゃ二手に分かれよう。ここから聞き込み開始だ」
「なんか、本当に探偵みたいだ」
「おい、俺たちは探偵なんだよ。助手のミミ君」
「イエッサー、逸見探偵殿」
ミミは敬礼をして、くるりと踵の踵を返した。
中井戸のアパートの裏に建つ分譲住宅から始める。
中井戸のいう通り、今日は天気がよく、青空が広がっている。すでにミミは汗ばんできていた。
仕事とはいえ少し躊躇するが、どうにでもなれと勢い付けて目に付いた家のインターホンを押した。
家の敷地内に停めてある白い車をぼうっと見ていると、暫くして家の中の人と繋がった。
「あっ、すみません、少しお伺いしたい事があるんですが」
そういったとたん、相手の返答が冷たく返ってくる。
「なんだ、宗教の勧誘か。それとも訪問販売か。うちは間に合ってるから他をあたりな」
ぶっきら棒な男の声。
「いえ、違うんです、あの、黒猫を」
言い終わらない間に、インターホンがブチッと切られてしまった。
露骨に嫌がられ邪険にされると、ミミは仕方なくその家から離れた。
少し離れた先にいたロクも、インターホン前で何かを話している様子だが、苦戦しているように見える。
話し終わったとき、ロクもミミを見て首を横に振り容易く行かないと伝えてくる。
ミミはそこで拳を握り両手でガッツポーズを見せて励ます。ロクも首を縦に振った。
ふたりはやるしかない切羽詰ったものを背負い、聞き込み捜査を続けた。最初は警戒する人がほとんどだが、勧誘でも押し売りでもないとわかると大概は話を聞いてくれた。中には黒猫を見かけた事があるという人も現れ、少しは発展していく。だが、メモを書いた主に行き当たる情報は全く皆無だった。
何度も同じ事を説明しているうちに、どんどん疲労していくミミ。思うような情報を掴めない事に不満も募っていい加減嫌気が差してきた。
聞き込み開始から小一時間は経っていた。何をしても情報は見つからない気になってしまい、どんどんやる気がそがれていった。
「あっ、ロクだ」
十字路の角で誰かと話しているロクを見掛け、ミミは走り寄った。近づいたとき、そこに一緒にいたのは笹田聖だった。白石織香に変態行為をしてしまったあの男だ。
「こんにちは」
ミミが声を掛けると、笹田は戸惑いながら会釈する。
「先日はどうもお世話になりました。今、逸見さんにもお礼を言っていたところなんです」
「ご丁寧にどうも。その後はいかがお過ごしですか?」
「あっ、はい、そのまあまあなんとか上手くやってます」
すっきりとしない言い方は肩身が狭い様子が窺える。
「今日はどこかお出かけなんですか?」
「その、織香さんがお休みなので、邪魔しちゃいけないと外に出てたんです。これから知り合いに会いにいこうかなとか思いまして」
体は逞しい筋肉質なのに、気弱でヘコヘコとして落ち着きがなく、困惑したにやけ顔が頼りなさそうだ。ロクよりも年上だが、恩があるためとても腰が低いその態度は見ていて可哀想になってくる。
「それじゃ失礼します」
ロクを気にしながら笹田は去っていった。
「なんとか白石さんとは上手くいってるみたいだね」
自然に顔が綻ぶミミ。
「うーん、実際は大変なんだろうけど、白石さん大丈夫かな」
「なんでロクが心配するのよ」
ミミは不満げだ。
「いや、別にそうじゃないけど、ミミも最初はあれでよかったのか心配してたじゃないか」
「まあ、そうだけど、笹田さんって温和な人だし、きっと大丈夫だよ」
「そうであってほしいけど」
ロクの歯切れが悪い。
「何を心配しているの? 変態行為?」
「なんだよ、それ。そうじゃないけどさ、とにかく何かあったら俺たちにも多少の責任があるってことだよ」
「私たちだって赤の他人同士だけど、いきなり一緒に暮らしたんだよ。笹田さんはロク以上に安心できる人だと思う」
「なんでそこで俺が基準になってるんだよ」
「だって、数週間住んだらさ、ロクのことわかってくるし、これ一応褒め言葉なんだけどな。だって、ロクってなかなかかっこい……」
恥ずかしさで語尾が弱くなる。
ロクはその時、白いワンボックスカーが側を走っていくのに気をとられていた。
「危ないなあの車、スピード出しすぎじゃないのか」
「えっ、車?」
いいところを邪魔されて、ミミは去って行った白い車をキッと睨んだ。
「ええと、何の話してたっけ?」
ロクが訊くとミミはしらけていた。
「別に大したことない話。それよりも何かいい情報を掴んだの?」
「いや、あいにく何もない。黒猫がこの辺りをうろついているくらいしかわからなかった」
「これからどうする? まだ聞き込みする?」
「ちょっと白石さん宅によってみようか」
「なんで、そんなに白石さんのこと気になるの?」
ミミの声が沈んだ。
「近くまで来たし一応、フォローをしておいたほうがいいだろう。いくぞ、ミミ」
ロクが歩き出す。
その後ろで頬をぷくっと膨らませてミミはついていった。