ふたりは謎ときめいて始まりました。
3
織香の家が見えてきたところで、ロクは眉根を寄せた。そこで先ほどスピードを出しすぎた白いワンボックスカーが家の前で停まっていたからだ。
「この車……」
ミミも疑問に思って口に出したとき、囲いの向こうから話し声が聞こえてきた。ロクとミミが門から覗けば、縁台に角刈りの鋭い目をした男と男の子が腰掛けて、織香と話している姿が目に入った。
「あら、逸見さんとミミさん」
織香が気がつく。
「どうも、こ、こんにちは。近くまで来たのでご挨拶と思って寄ってみました」
ロクが緊張していた。
「それはどうも」
「でも、ご来客みたいですね」
ロクが遠慮がちに引き上げようとすると、代わりに角刈りの男が立ち上がった。
「それじゃ、私たちはこれでおいとましますんで。白石さん、ご迷惑かけてほんますいませんでした」
「いえいえ、今日は休日で診察が休みですから、お役に立ててよかったです。祥ちゃん、あまり無理しちゃだめだよ」
祥とよばれた男の子はじっと織香の顔を見つめていた。
「ほら、ありがとうといいなさい」
角刈りの男は祥の頭を無理やり押さえつけ下げさせた。
「瀬戸さん、祥ちゃんは気分がすぐれないんですから、仕方ないですよ。だから早くよくなってね」
織香は優しく微笑みかけた。
「お姉ちゃん!」
祥は織香に抱きつこうとするが、その寸前で瀬戸と呼ばれた角刈りの男は祥を抱きかかえて無理に連れて行く。
「ほら、これ以上甘えたらあかん。どうもすいません、白石さん。それじゃ失礼します」
祥をひっぱりながら、媚を売るようにわざとらしくヘコヘコとして去っていく。
ロクとミミの前でも、つくり笑顔をして軽く一礼していった。しかし祥はロクとミミをきつく睨んで敵意を見せていた。
敷地内を出た後、車に乗り込むドアの開閉の音が聞こえエンジンがかかる音がしてやがて小さく消えていった。
「突然お邪魔して、すみませんでした」
ロクが謝罪する横で、ミミも頭をペコリと下げていた。
「いえいえ、来て下さってちょっと助かりました」
声のトーンが低く、周りをキョロキョロしているその織香の仕草はどこか聞かれてはまずい様子だ。
「何か、あの男にされたんですか?」
角刈りですこし強面の瀬戸はどこかチンピラ風だったとロクは感じていた。
「そうじゃないんです。瀬戸さんは見かけは怖いのですが、子煩悩で子供の面倒はきっちりと見ている、腰の低い人です。それで、祥ちゃん、さっきの男の子ですけど、具合が悪かったので心配して私に相談しに来たくらいでした。一度病院で祥ちゃんが怪我をしたときに会った事があるんですけど、それ以来同じ街に住んでるよしみで親しくなりまして、それでさっきのように直接家に来て相談にこられたんです」
「ああ、利用されてしまったってことですね」
意味を察したミミははっきりと口にした。
その隣でロクが肘鉄をついてけん制していた。
「まあ、なんといいますか、できたら、病院に行ってもらう方がいいんですけど、今日は休日で、私もたまたま休みだったからつい心配で来てしまったんだと思います。ちょうど祥ちゃんのお母さんが出張で留守しているらしく、祥ちゃんも心細かったのかもしれません。ストレスと不安が溜まってちょっと熱っぽくなったんでしょう。それでさっき熱を測ったら平熱だったのでこっちも安心しましたけど」
「それじゃお父さんがひとりで面倒見ているってことですね」
ロクも感心しながら言った。
「それが、瀬戸さんは内縁の夫らしくて、一緒に住むようになってまだ数ヶ月だったかな」
織香がさらっというが、ロクとミミは驚いていた。こういうパターンは連れ子とうまくいかずに虐待になる傾向がある。
「大丈夫なんですか?」
他人事ながらミミはつい訊いてしまった。
「見かけはあんな感じなので誤解されやすいんですけど、礼儀正しく優しい方ですよ。祥ちゃんが怪我したときも、ずっと側にいて心配してました。今日も熱が出たとかでどうしていいかわからないままにここに連れてきましたから、血の繋がりがなくても祥ちゃんがかわいいんでしょう」
「さっきすれ違いざまに、その祥ちゃんにちょっと睨まれましたけど」
ミミにとっては可愛くなかった。
「体調が優れなかったからでしょう。それにまだ手の怪我も完全に治ってないので子供にとったらストレスですからね」
「手の怪我?」
ロクが繰り返す。
「遊んでいた時に滑ってその時咄嗟に体を支えようと手が出たんでしょうけど、衝撃と体の重みで変な方向に押し潰した形になったみたいです。それで捻挫してしまったそうです」
「それは右手ですか?」
ロクはメモを思い出しながらもしかしてと思う。
「いえ、左手でした。かなり力が入らなくて、日常に支障をきたしているみたいで、暫くは学校休んでたみたいですけど」
「左手なら多少の不自由はあるかもしれないけど、学校を休むほどでもないような」
ミミが口を挟んだ。
「それが、祥ちゃんにとったら利き手なんですよ。左利きだから」
織香がそういうと、ロクははっとする。ミミも同じ事を思っていた。
「その祥ちゃんという男の子のフルネームはなんていうんですか?」
「比井祥司だったと思います」
「ひいしょうじ……」
ロクはメモを取り出し、確認する。
「美少女じゃなくて、ちゃんと書いてる、『ひいしようじ、より』と」
ロクはミミを見つめた。
ミミもそのメモを手にして確認する。祥の名前を知った今、そのメモは『助けて、比井祥司より』としっかり読めた。そしてふと瀬戸が乗っていた白い車を思い出しハッとした。
「おふたりともどうしたんですか?」
訳がわからないと織香はキョトンとしていた。
「白石さん、祥君は瀬戸さんとうまく行っているんでしょうか」
ミミが訊いた。
「見たところ、私にはそう見えますが」
「ちょっとこのメモを見てください」
ミミが見せると、織香はじっとそれを見つめる。
「字が読みにくいですけど」
「よくみて下さい。『助けて、比井祥司より』と読めませんか? 先ほど、白い車が家の前に停まってましたけど、私同じ車を一時間前にも見たんです。ちょっとこのメモのことで聞き込み捜査をしていたんですけど、その時、あの車がある家のインターホンを押したんです。話した時、かなりぶっきら棒な対応で怖かったんです」
「ちょっと待って下さい。それが瀬戸さんだと仰るんですか?」
「おい、ミミ、あの男と話したのか?」
ロクも驚いて訊いた。
「うん、今思うとあの男だと思う。さっき白い車が停まっているのをみた時、あの時に見た車と同じだなってふと思ったんだ」
ミミは確かだと言いたげに力んでいた。
「なんだか信じられない気もしますが、逸見さんたちのご活躍は谷原さんからもお伺いしました。名推理で問題を片づけてもらったと、紹介した私にまでお礼を言われたくらいです。私もお世話になった身です。何かあるといけませんので、一応調べた方がいいかもしれませんね。私もお手伝いができる事があれば協力します」
織香の言葉にロクは感謝するも、その隣でミミは複雑だった。
織香の私服はパンツ姿でカジュアルではあるが、体の線がはっきりと分かるくらいピチッとしたTシャツを着ていて、さりげない色気があった。
ミミはロクに断ってほしいと横目でちらりと見れば、何かを考えこんでいた。
「虐待の疑いがある以上、祥君の家の中の様子を探れるのは白石さんが適役だ……」と独り言を言った後、ロクは顔を上げ織香に懇願する。
「お休みのところ申し訳ないですが、祥君がどういう状況にあるのか探っていただけないでしょうか」
「ロク、白石さんに迷惑かけるのはよくないよ。それなら私が」
ミミは私情を挟んで賛成できない。
「大丈夫よ、ミミさん。今思えば、祥ちゃんが手を怪我したとき瀬戸さんがずっと付きっ切りだったのは、本当の事を話さないように見張っていたのかもしれないし、先ほども、祥ちゃんが私に抱きつこうとして瀬戸さんに邪魔されたけど、あれは助けてほしいサインだったのかもしれない。もしかしたらかもしれませんが、今となってはどちらにでもとれるだけに私もはっきりさせたいです」
正座をしていた織香は正義感に溢れてすくっと立ち上がるが、そのとき「あっ」と声を上げてふらついた。
「危ない」
運動神経のいいロクは焼き立てのケーキを救ったごとく、とっさに織香を支えた。
織香の家が見えてきたところで、ロクは眉根を寄せた。そこで先ほどスピードを出しすぎた白いワンボックスカーが家の前で停まっていたからだ。
「この車……」
ミミも疑問に思って口に出したとき、囲いの向こうから話し声が聞こえてきた。ロクとミミが門から覗けば、縁台に角刈りの鋭い目をした男と男の子が腰掛けて、織香と話している姿が目に入った。
「あら、逸見さんとミミさん」
織香が気がつく。
「どうも、こ、こんにちは。近くまで来たのでご挨拶と思って寄ってみました」
ロクが緊張していた。
「それはどうも」
「でも、ご来客みたいですね」
ロクが遠慮がちに引き上げようとすると、代わりに角刈りの男が立ち上がった。
「それじゃ、私たちはこれでおいとましますんで。白石さん、ご迷惑かけてほんますいませんでした」
「いえいえ、今日は休日で診察が休みですから、お役に立ててよかったです。祥ちゃん、あまり無理しちゃだめだよ」
祥とよばれた男の子はじっと織香の顔を見つめていた。
「ほら、ありがとうといいなさい」
角刈りの男は祥の頭を無理やり押さえつけ下げさせた。
「瀬戸さん、祥ちゃんは気分がすぐれないんですから、仕方ないですよ。だから早くよくなってね」
織香は優しく微笑みかけた。
「お姉ちゃん!」
祥は織香に抱きつこうとするが、その寸前で瀬戸と呼ばれた角刈りの男は祥を抱きかかえて無理に連れて行く。
「ほら、これ以上甘えたらあかん。どうもすいません、白石さん。それじゃ失礼します」
祥をひっぱりながら、媚を売るようにわざとらしくヘコヘコとして去っていく。
ロクとミミの前でも、つくり笑顔をして軽く一礼していった。しかし祥はロクとミミをきつく睨んで敵意を見せていた。
敷地内を出た後、車に乗り込むドアの開閉の音が聞こえエンジンがかかる音がしてやがて小さく消えていった。
「突然お邪魔して、すみませんでした」
ロクが謝罪する横で、ミミも頭をペコリと下げていた。
「いえいえ、来て下さってちょっと助かりました」
声のトーンが低く、周りをキョロキョロしているその織香の仕草はどこか聞かれてはまずい様子だ。
「何か、あの男にされたんですか?」
角刈りですこし強面の瀬戸はどこかチンピラ風だったとロクは感じていた。
「そうじゃないんです。瀬戸さんは見かけは怖いのですが、子煩悩で子供の面倒はきっちりと見ている、腰の低い人です。それで、祥ちゃん、さっきの男の子ですけど、具合が悪かったので心配して私に相談しに来たくらいでした。一度病院で祥ちゃんが怪我をしたときに会った事があるんですけど、それ以来同じ街に住んでるよしみで親しくなりまして、それでさっきのように直接家に来て相談にこられたんです」
「ああ、利用されてしまったってことですね」
意味を察したミミははっきりと口にした。
その隣でロクが肘鉄をついてけん制していた。
「まあ、なんといいますか、できたら、病院に行ってもらう方がいいんですけど、今日は休日で、私もたまたま休みだったからつい心配で来てしまったんだと思います。ちょうど祥ちゃんのお母さんが出張で留守しているらしく、祥ちゃんも心細かったのかもしれません。ストレスと不安が溜まってちょっと熱っぽくなったんでしょう。それでさっき熱を測ったら平熱だったのでこっちも安心しましたけど」
「それじゃお父さんがひとりで面倒見ているってことですね」
ロクも感心しながら言った。
「それが、瀬戸さんは内縁の夫らしくて、一緒に住むようになってまだ数ヶ月だったかな」
織香がさらっというが、ロクとミミは驚いていた。こういうパターンは連れ子とうまくいかずに虐待になる傾向がある。
「大丈夫なんですか?」
他人事ながらミミはつい訊いてしまった。
「見かけはあんな感じなので誤解されやすいんですけど、礼儀正しく優しい方ですよ。祥ちゃんが怪我したときも、ずっと側にいて心配してました。今日も熱が出たとかでどうしていいかわからないままにここに連れてきましたから、血の繋がりがなくても祥ちゃんがかわいいんでしょう」
「さっきすれ違いざまに、その祥ちゃんにちょっと睨まれましたけど」
ミミにとっては可愛くなかった。
「体調が優れなかったからでしょう。それにまだ手の怪我も完全に治ってないので子供にとったらストレスですからね」
「手の怪我?」
ロクが繰り返す。
「遊んでいた時に滑ってその時咄嗟に体を支えようと手が出たんでしょうけど、衝撃と体の重みで変な方向に押し潰した形になったみたいです。それで捻挫してしまったそうです」
「それは右手ですか?」
ロクはメモを思い出しながらもしかしてと思う。
「いえ、左手でした。かなり力が入らなくて、日常に支障をきたしているみたいで、暫くは学校休んでたみたいですけど」
「左手なら多少の不自由はあるかもしれないけど、学校を休むほどでもないような」
ミミが口を挟んだ。
「それが、祥ちゃんにとったら利き手なんですよ。左利きだから」
織香がそういうと、ロクははっとする。ミミも同じ事を思っていた。
「その祥ちゃんという男の子のフルネームはなんていうんですか?」
「比井祥司だったと思います」
「ひいしょうじ……」
ロクはメモを取り出し、確認する。
「美少女じゃなくて、ちゃんと書いてる、『ひいしようじ、より』と」
ロクはミミを見つめた。
ミミもそのメモを手にして確認する。祥の名前を知った今、そのメモは『助けて、比井祥司より』としっかり読めた。そしてふと瀬戸が乗っていた白い車を思い出しハッとした。
「おふたりともどうしたんですか?」
訳がわからないと織香はキョトンとしていた。
「白石さん、祥君は瀬戸さんとうまく行っているんでしょうか」
ミミが訊いた。
「見たところ、私にはそう見えますが」
「ちょっとこのメモを見てください」
ミミが見せると、織香はじっとそれを見つめる。
「字が読みにくいですけど」
「よくみて下さい。『助けて、比井祥司より』と読めませんか? 先ほど、白い車が家の前に停まってましたけど、私同じ車を一時間前にも見たんです。ちょっとこのメモのことで聞き込み捜査をしていたんですけど、その時、あの車がある家のインターホンを押したんです。話した時、かなりぶっきら棒な対応で怖かったんです」
「ちょっと待って下さい。それが瀬戸さんだと仰るんですか?」
「おい、ミミ、あの男と話したのか?」
ロクも驚いて訊いた。
「うん、今思うとあの男だと思う。さっき白い車が停まっているのをみた時、あの時に見た車と同じだなってふと思ったんだ」
ミミは確かだと言いたげに力んでいた。
「なんだか信じられない気もしますが、逸見さんたちのご活躍は谷原さんからもお伺いしました。名推理で問題を片づけてもらったと、紹介した私にまでお礼を言われたくらいです。私もお世話になった身です。何かあるといけませんので、一応調べた方がいいかもしれませんね。私もお手伝いができる事があれば協力します」
織香の言葉にロクは感謝するも、その隣でミミは複雑だった。
織香の私服はパンツ姿でカジュアルではあるが、体の線がはっきりと分かるくらいピチッとしたTシャツを着ていて、さりげない色気があった。
ミミはロクに断ってほしいと横目でちらりと見れば、何かを考えこんでいた。
「虐待の疑いがある以上、祥君の家の中の様子を探れるのは白石さんが適役だ……」と独り言を言った後、ロクは顔を上げ織香に懇願する。
「お休みのところ申し訳ないですが、祥君がどういう状況にあるのか探っていただけないでしょうか」
「ロク、白石さんに迷惑かけるのはよくないよ。それなら私が」
ミミは私情を挟んで賛成できない。
「大丈夫よ、ミミさん。今思えば、祥ちゃんが手を怪我したとき瀬戸さんがずっと付きっ切りだったのは、本当の事を話さないように見張っていたのかもしれないし、先ほども、祥ちゃんが私に抱きつこうとして瀬戸さんに邪魔されたけど、あれは助けてほしいサインだったのかもしれない。もしかしたらかもしれませんが、今となってはどちらにでもとれるだけに私もはっきりさせたいです」
正座をしていた織香は正義感に溢れてすくっと立ち上がるが、そのとき「あっ」と声を上げてふらついた。
「危ない」
運動神経のいいロクは焼き立てのケーキを救ったごとく、とっさに織香を支えた。