ふたりは謎ときめいて始まりました。
第五章 謎解きは君への愛の誓い
1
「今日は晴れてよかった」
白いワンピースに、ショルダーバッグを斜めに掛け、ミミはうきうきとしている。
「まるで自分の子供の授業を見に行くみたいにはりきってるな」
ロクはその隣で肩を並べて歩いていた。
「だって子供たちかわいいじゃない。自分の子供だったらもっとはりきるかも。それで夫婦揃って見にいけたら最高だろうな。キャー、うちの子が答えたわ、なんてはしゃぎそう」
「まさにそういうの親ばかっていうんだろうな」
「いいじゃない。うちは父も母も淡々として、テストでいい点とってもあまり褒めてもらえなかった。それよりも、なぜそんなところ間違えたのって責められた」
「厳しい家庭だな」
「どっちも高い教育受けて育ったから、できて当然って考えなんだと思う」
「いつ聞いても、ミミの家庭は複雑そうだ」
「だから、ロクと過ごして謎解きできる生活って楽しい。このまま……ずっと続けていたい、なぁ!」
気持ちが高ぶってホップスッテップと突然歩幅を大きくし最後にジャンプするミミ。白いワンピースの裾が大胆に揺れて、はっとして手で押さえていた。
「おいおい、はしゃぐのもいいけど、瀬戸さんがご好意で誘ってくれたんだから、学校内で恥になることはするなよ」
「わかってるって」
ふたりが学校の門の前に近づいたとき、前に歩いていた人たちが、ギョッとしてその後何かを避けるようにスタスタと歩いていく。みんながみんな門に入ろうとすると同じリアクションをしていた。
ロクとミミも校門に入ってドキッとした。
「ああ、ミミさん、逸見さん。よう来てくれました」
「せ、瀬戸さん、どうも」
ふたりは頭を下げた。
「ミミさん、白いドレスがよう似合っとりますがな。お嬢さまみたいですやん」
「実はそうなんですけどね」
「おい、ミミ」
ロクは嗜める。
「瀬戸さんも、その縦じまの黒いスーツがよく似合ってらっしゃる」
先ほどはその姿にびっくりしたというのに、ミミもお返しに褒めた。
「いつもカジュアルなシャツ着てますやろ。今日くらいはきっちりと正装していったらなあかんと思いまして」
あまりにもその道がするその姿は見るものを怖がらせていた。
「あっ、なんかいい香りがする」
ミミはくんくんと瀬戸のスーツを匂った。
「ああ、これはハーブの匂いですわ。虫除けにラベンダーやペパーミントなど使ってサシェを作って服と一緒にしまってたんです。ナフタリンの匂いよりはええでっしゃろ」
ミミと瀬戸が仲良く会話している側を、参観日を見に来た保護者たちが避けて通っていた。
「あ、そうや、折角ミミさん可愛らしいドレス着てはるし、記念におふたりの写真撮りましょうか」
瀬戸はポケットからデジカメを取り出した。息子の写真を撮るために用意していた。
「そこの桜の木の前に立って下さいな。花は散ってしまいましたけども、新緑もええ感じですわ」
瀬戸に言われ、ロクとミミは木の前に立つ。みずみずしい緑の葉っぱが光を受けてキラキラとしていた。
「じゃ、撮りますよ。おふたりさん、笑って、はい、チーズ」
瀬戸はシャッタを切った。
「ええ感じに撮れましたわ」
ふたりに近づき、カメラの画面に映った画像を見せた。
確かにいい感じで映っているかもしれないが、ミミの顔ははっとしていた。
「あの、それ、写真にできるんですか?」
「ああ、また後でプリントしてお渡ししますね。ああ、もうこんな時間や。そろそろ授業が始まりますわ。それから、これ使って下さい」
瀬戸は手に持っていた手提げからスリッパを取り出し、ロクとミミに渡した。ふたりは有難くそれらを手にした。
昇降口で靴を履きかえる。準備万全に瀬戸は袋も用意してくれて、そこに靴を入れて持ち運ぶ。
「逸見さんとミミさんが来てくれてほんま助かりましたわ」
「いえいえ、こちらこそお誘いありがとうございます」
ミミが礼を言う。
「もしかして、奥さんはこられないんですか?」
ロクが訊いた。
「そうなんです。祥司はそれでがっかりしてまして落ち込むわ、妻も、最近疲れが溜まっているのか、出張から帰ってきてずっとなんかしんどそうなんですわ」
「大丈夫ですか?」
ミミは気を遣う。
「俺も心配なんですけど、本人が大丈夫いうてますから、無理だけはしたらあかんとだけいいましたんや。でも今の仕事が片付かん限りゆっくりでけへんとかいうてました」
「奥さん何をされてらっしゃるんですか?」
「なんか輸入の商品扱ったり、現地の工場と掛け合って契約を結んだりしてるみたいなこというてたな」
責任がある大変な仕事だとミミは思った。
ロクとミミは瀬戸に案内され、階段を上っていく。
校舎内は自分の子供のためにとたくさんの父母たちで溢れていた。赤ちゃんやまだ未就学の子供も親に連れられて、兄や姉の授業を見に来ている。
廊下でずらっと並んで教室を見ている人達。その後ろでは隙間を探して首を動かしている人達。教室中では一番後ろに立っている人達。みんな窮屈そうにそれぞれ自分の子供を見るために色んな思いを抱いて立っていた。
三年二組の教室に来ると、開いている窓から久太郎、祥司、楓がそれぞれ見えた。授業はすでに始まっていて、黒板の前で女性の先生が磁石を使って説明していた。理科の授業だ。先生の化粧が若干濃いような感じがする。保護者たちがくるので力が入っているのだろう。歳はまだ若く、パッと見た感じ新米の先生という雰囲気だ。この先生が消しゴムをたくさん用意するようには見えないとミミは感じていた。
ロクもこのクラスで変わった事がないか、どの大人がこの問題にかかわっているのか、それらしい人はいないか見ていたが、わからずじまいだった。
ミミはもっとよく見ようと後ろの出入り口に顔を近づけると、ドア付近に立っていた楓の母親の美佐子と目があった。
声を出せないのでお互い会釈で済ませたが、美佐子はミミのために詰めて場所を空けようとすると、周りにいた人が気を遣って一斉にもぞもぞして動いた。
「(すみません)」
衣服が擦れたくらいの小さな声を出してミミは美佐子の隣に立った。その時、保護者たちのざわつきを感知したのか、久太郎が後ろを振りむき、ミミを見てびっくりしていた。
ミミは小さく手を振って愛嬌を振りまいた。
「それでは、この磁石を用いて隣の人とペアになって実験しましょう」
先生の合図で、教室内は少し騒がしくなった。
後ろから教室を見ると子供たちの様子が良く見えた。自分のときよりも、数が少ないとミミが人数を数えれば、三十五人だった。
ペアになればひとり余ってしまう。でも三人で実験をしているところがあって、ほっとした。そこに祥司が入っている。
祥司なら、わが道を行く無茶な実験をしそうな気がしていたが、不思議と祥司以外のふたりが積極的に手を動かして、祥司はただ見ているだけだった。
ふと瀬戸の様子を見れば、窓際でもどかしそうにしていた。
母親が来ないことで元気がないのか、この日の祥司はいつもと違って大人しい。心ここにあらず、考え事をしているようにぼんやりとした様子だった。
実験をしている生徒たちの様子を先生はアドバイスを添えながらゆっくりと見回っていた。質問する生徒の声が聞こえたり、生徒同士が意見を出し合ったりと、授業は活気があるのに、祥司だけが暗いのだ。
時々、保護者が気になって振り返る生徒がいるが、久太郎はその中でも振り返る頻度が高かった。 ロクが来ていることもわかって、それもびっくりしていたが、その後、また振り返ったときにミミとロクを見つけた以上に息を飲んで驚いていた。
一体誰を見て驚いているのだろうと、ミミがその視線を探れば、そこにはきっちりとスーツを着こなした紳士風の男性が佇んでいた。そういう人は周りにいなかったので、今来た様子だ。みんな物静かに授業を見ている中で、一際異質な程に緊張した姿だった。
目を丸くして驚いていた久太郎の顔がいつの間にか弛緩して、喜びに変わっているところを見ると久太郎の父親だろうか。
ミミがあまりにもじろじろとその男性を見れば、視線を感じたのか目が会ってしまった。ミミは焦って愛想笑いをして、何事もなかったように前を向いた。
その後、子供たちはそれぞれの実験の結果を報告し、先生が箇条書きに黒板に書いていった。
面白い事を言う子もいて、保護者も交えた笑いがあって、授業は楽しいものとなった。最後は先生がまとめを言うと、ちょうどチャイムの音が鳴り授業が終わったところで、空気が柔らかくなった。
たくさんの人に見られての授業は緊張したことだろう。終わったとたん子供たちは開放感にざわつきだした。
「今日は晴れてよかった」
白いワンピースに、ショルダーバッグを斜めに掛け、ミミはうきうきとしている。
「まるで自分の子供の授業を見に行くみたいにはりきってるな」
ロクはその隣で肩を並べて歩いていた。
「だって子供たちかわいいじゃない。自分の子供だったらもっとはりきるかも。それで夫婦揃って見にいけたら最高だろうな。キャー、うちの子が答えたわ、なんてはしゃぎそう」
「まさにそういうの親ばかっていうんだろうな」
「いいじゃない。うちは父も母も淡々として、テストでいい点とってもあまり褒めてもらえなかった。それよりも、なぜそんなところ間違えたのって責められた」
「厳しい家庭だな」
「どっちも高い教育受けて育ったから、できて当然って考えなんだと思う」
「いつ聞いても、ミミの家庭は複雑そうだ」
「だから、ロクと過ごして謎解きできる生活って楽しい。このまま……ずっと続けていたい、なぁ!」
気持ちが高ぶってホップスッテップと突然歩幅を大きくし最後にジャンプするミミ。白いワンピースの裾が大胆に揺れて、はっとして手で押さえていた。
「おいおい、はしゃぐのもいいけど、瀬戸さんがご好意で誘ってくれたんだから、学校内で恥になることはするなよ」
「わかってるって」
ふたりが学校の門の前に近づいたとき、前に歩いていた人たちが、ギョッとしてその後何かを避けるようにスタスタと歩いていく。みんながみんな門に入ろうとすると同じリアクションをしていた。
ロクとミミも校門に入ってドキッとした。
「ああ、ミミさん、逸見さん。よう来てくれました」
「せ、瀬戸さん、どうも」
ふたりは頭を下げた。
「ミミさん、白いドレスがよう似合っとりますがな。お嬢さまみたいですやん」
「実はそうなんですけどね」
「おい、ミミ」
ロクは嗜める。
「瀬戸さんも、その縦じまの黒いスーツがよく似合ってらっしゃる」
先ほどはその姿にびっくりしたというのに、ミミもお返しに褒めた。
「いつもカジュアルなシャツ着てますやろ。今日くらいはきっちりと正装していったらなあかんと思いまして」
あまりにもその道がするその姿は見るものを怖がらせていた。
「あっ、なんかいい香りがする」
ミミはくんくんと瀬戸のスーツを匂った。
「ああ、これはハーブの匂いですわ。虫除けにラベンダーやペパーミントなど使ってサシェを作って服と一緒にしまってたんです。ナフタリンの匂いよりはええでっしゃろ」
ミミと瀬戸が仲良く会話している側を、参観日を見に来た保護者たちが避けて通っていた。
「あ、そうや、折角ミミさん可愛らしいドレス着てはるし、記念におふたりの写真撮りましょうか」
瀬戸はポケットからデジカメを取り出した。息子の写真を撮るために用意していた。
「そこの桜の木の前に立って下さいな。花は散ってしまいましたけども、新緑もええ感じですわ」
瀬戸に言われ、ロクとミミは木の前に立つ。みずみずしい緑の葉っぱが光を受けてキラキラとしていた。
「じゃ、撮りますよ。おふたりさん、笑って、はい、チーズ」
瀬戸はシャッタを切った。
「ええ感じに撮れましたわ」
ふたりに近づき、カメラの画面に映った画像を見せた。
確かにいい感じで映っているかもしれないが、ミミの顔ははっとしていた。
「あの、それ、写真にできるんですか?」
「ああ、また後でプリントしてお渡ししますね。ああ、もうこんな時間や。そろそろ授業が始まりますわ。それから、これ使って下さい」
瀬戸は手に持っていた手提げからスリッパを取り出し、ロクとミミに渡した。ふたりは有難くそれらを手にした。
昇降口で靴を履きかえる。準備万全に瀬戸は袋も用意してくれて、そこに靴を入れて持ち運ぶ。
「逸見さんとミミさんが来てくれてほんま助かりましたわ」
「いえいえ、こちらこそお誘いありがとうございます」
ミミが礼を言う。
「もしかして、奥さんはこられないんですか?」
ロクが訊いた。
「そうなんです。祥司はそれでがっかりしてまして落ち込むわ、妻も、最近疲れが溜まっているのか、出張から帰ってきてずっとなんかしんどそうなんですわ」
「大丈夫ですか?」
ミミは気を遣う。
「俺も心配なんですけど、本人が大丈夫いうてますから、無理だけはしたらあかんとだけいいましたんや。でも今の仕事が片付かん限りゆっくりでけへんとかいうてました」
「奥さん何をされてらっしゃるんですか?」
「なんか輸入の商品扱ったり、現地の工場と掛け合って契約を結んだりしてるみたいなこというてたな」
責任がある大変な仕事だとミミは思った。
ロクとミミは瀬戸に案内され、階段を上っていく。
校舎内は自分の子供のためにとたくさんの父母たちで溢れていた。赤ちゃんやまだ未就学の子供も親に連れられて、兄や姉の授業を見に来ている。
廊下でずらっと並んで教室を見ている人達。その後ろでは隙間を探して首を動かしている人達。教室中では一番後ろに立っている人達。みんな窮屈そうにそれぞれ自分の子供を見るために色んな思いを抱いて立っていた。
三年二組の教室に来ると、開いている窓から久太郎、祥司、楓がそれぞれ見えた。授業はすでに始まっていて、黒板の前で女性の先生が磁石を使って説明していた。理科の授業だ。先生の化粧が若干濃いような感じがする。保護者たちがくるので力が入っているのだろう。歳はまだ若く、パッと見た感じ新米の先生という雰囲気だ。この先生が消しゴムをたくさん用意するようには見えないとミミは感じていた。
ロクもこのクラスで変わった事がないか、どの大人がこの問題にかかわっているのか、それらしい人はいないか見ていたが、わからずじまいだった。
ミミはもっとよく見ようと後ろの出入り口に顔を近づけると、ドア付近に立っていた楓の母親の美佐子と目があった。
声を出せないのでお互い会釈で済ませたが、美佐子はミミのために詰めて場所を空けようとすると、周りにいた人が気を遣って一斉にもぞもぞして動いた。
「(すみません)」
衣服が擦れたくらいの小さな声を出してミミは美佐子の隣に立った。その時、保護者たちのざわつきを感知したのか、久太郎が後ろを振りむき、ミミを見てびっくりしていた。
ミミは小さく手を振って愛嬌を振りまいた。
「それでは、この磁石を用いて隣の人とペアになって実験しましょう」
先生の合図で、教室内は少し騒がしくなった。
後ろから教室を見ると子供たちの様子が良く見えた。自分のときよりも、数が少ないとミミが人数を数えれば、三十五人だった。
ペアになればひとり余ってしまう。でも三人で実験をしているところがあって、ほっとした。そこに祥司が入っている。
祥司なら、わが道を行く無茶な実験をしそうな気がしていたが、不思議と祥司以外のふたりが積極的に手を動かして、祥司はただ見ているだけだった。
ふと瀬戸の様子を見れば、窓際でもどかしそうにしていた。
母親が来ないことで元気がないのか、この日の祥司はいつもと違って大人しい。心ここにあらず、考え事をしているようにぼんやりとした様子だった。
実験をしている生徒たちの様子を先生はアドバイスを添えながらゆっくりと見回っていた。質問する生徒の声が聞こえたり、生徒同士が意見を出し合ったりと、授業は活気があるのに、祥司だけが暗いのだ。
時々、保護者が気になって振り返る生徒がいるが、久太郎はその中でも振り返る頻度が高かった。 ロクが来ていることもわかって、それもびっくりしていたが、その後、また振り返ったときにミミとロクを見つけた以上に息を飲んで驚いていた。
一体誰を見て驚いているのだろうと、ミミがその視線を探れば、そこにはきっちりとスーツを着こなした紳士風の男性が佇んでいた。そういう人は周りにいなかったので、今来た様子だ。みんな物静かに授業を見ている中で、一際異質な程に緊張した姿だった。
目を丸くして驚いていた久太郎の顔がいつの間にか弛緩して、喜びに変わっているところを見ると久太郎の父親だろうか。
ミミがあまりにもじろじろとその男性を見れば、視線を感じたのか目が会ってしまった。ミミは焦って愛想笑いをして、何事もなかったように前を向いた。
その後、子供たちはそれぞれの実験の結果を報告し、先生が箇条書きに黒板に書いていった。
面白い事を言う子もいて、保護者も交えた笑いがあって、授業は楽しいものとなった。最後は先生がまとめを言うと、ちょうどチャイムの音が鳴り授業が終わったところで、空気が柔らかくなった。
たくさんの人に見られての授業は緊張したことだろう。終わったとたん子供たちは開放感にざわつきだした。