ふたりは謎ときめいて始まりました。


「ここだ」

 ミミが入り口に走りよっていく。

 茶色い壁のかわらの平家。今風に綺麗にリフォームされていた。それとは対照的に家の周りには少し年季が入ったブロック塀が囲んでいた。

 そのブロック塀の入り口付近からそっと覗きこんで中を確かめる。

 玄関は少し入り口から離れ、全体的に広い土地に家が建てられていた。洗濯物もたくさん干せる広めの庭。木や低木に囲まれちょっとした日本庭園風だ。その庭に面して大きな吐き出し窓があり縁台が置かれていた。

「いい雰囲気がある家だね。あの縁台に座ってビール飲みながら過ごすのもいい感じだ」

ロクが言えば、ミミも「バーベキューもできそう」と答えていた。

 ふたりは家の外見を捜査じゃなく好奇心で見ていた。

「平屋だけど、屋根が高いところをみると梁天井になっているのかも」

「鍵があるんだから、後で中を見せてもらおうよ」

「おいおい、よそのお宅はそうそう勝手に入るものでもないだろう」

 ロクはあまり乗り気がしなかった。

「えっ、つまんない」

「それよりも、何か変わった事がないか、この家の周辺を探ってみよう」

 ロクは塀にはめ込まれていた郵便受けを覗きこんだ。そして玄関へと向かい、辺りを見回した。

 ミミは低木や茂みをかき分け「にゃーお」と猫の鳴き声を真似をしだした。

「おい、何やってんだよ」

「だって、手紙に猫ってあったから、どんな猫か一応調べないと」

「猫を調べて分かったら苦労しないよ」

 ロクが呆れていたとき、ふと門の入り口から視線を感じた。振り返ればランドセルを背負った男の子がこちらを見ていた。

 ロクが見つめ返しても男の子はふたりが何をしているのか気になるのか、その場に立ち止まっていた。

「おい、ミミ、小学生の男の子がなんか見てるぞ」

 小声で伝えるロク。

 屈んでいたミミは立ち上がりにこっと微笑んで小学生を見つめた。

「えっと、何か用かな?」

「ねぇ、もしかして黒い猫を探しているの?」

 期待が混じった男の子の力強い声に、ロクもミミもはっとした。

 ミミが猫の鳴きまねをしながら探したが、色までは何も分かっていない。

「なんで黒い猫だと思うんだ?」

 ロクがはっとしてつい力強く訊くと、男の子は急に怖じ気ついて逃げようと後ずさった。

「待って。そうよ、猫を探しているの。ねぇ、何か知っていたら教えてくれない?」

 ミミはできるだけ優しく問いかける。男の子は思い留まりミミを見つめた。

「じゃあ、あの男の人の知り合いなの?」

 男の子が何を言っているか分からず、ロクとミミは顔を見合わせた。

「とりあえず、お前、ちょっとこっちこい」

 ロクが手招きし、ミミも隣で首を縦に振ってそうするように勧めた。

 男の子はゆっくりと近づいた。

「まず、名前訊いてもいいかな?」

 ミミは男の子の目線にかがんで顔を近づけた。

「きゅうたろう」

「えっ、オバケの?」

 ミミはつい反応していた。

 だが、男の子はキョトンとし、ロクも「はぁ?」と呆れてミミを見ていた。

「なんだよ、オバケって」

「ええー、オバケのQちゃん知らないの? 毛が三本の」

「はぁ? 知らないよ。お前、知ってるか?」

 ロクは男の子に確認するが、男の子も首を横に振っていた。

「うそぉ! 有名な漫画じゃないの。ドラえもんと同じ作者の」

 ミミはふたりが知らないことにびっくりしていた。

「ドラえもんは知ってる」

「僕も」

 ふたりは顔を見合わせて頷いた。なぜか息が合っている。

「まあいいけど、きゅうたろう君ってどんな漢字書くの? もしかしてアルファベットのQ?」

 ミミが訊くと、ロクは「なんでアルファベットのQが漢字なんだよ」と突っ込む。

「ええと、久しぶりの久に普通に太郎です」

「今、何年生?」

「三年生です」

 ミミが尋ねた質問に久太郎ははきはきと答えていた。

「それじゃ、さっき俺たちが黒猫を探しているか訊いたよな。それで『あの男の人の知り合い』ってどういう意味だ?」

 今度はロクが質問する。

「お兄ちゃんたちこそここで何してるの? 一体誰なの?」

 久太郎は素直に質問に答えて良いのか今になって躊躇していた。

「ごめん、ごめん。えっとね、こっちがロクで、私がミミ。ちょっとここに住んでいる人に頼まれて、それで調べものしてたの」

「もしかして、あの魔女?」

 その言葉に、ロクとミミは反応した。

「あの手紙を出したのはお前か!」

 ロクは早速手がかりがつかめて飛び掛らんばかりに興奮する。ミミはすぐにそれをけん制した。

「ちょっとロク、落ち着いて。久ちゃん怯えてるじゃない」

 急に大声を出されて、久太郎は体を強張らせていた。

「やっぱり子供のいたずらじゃないか。ああ、よかった。これで解決だ」

 ロクはすんなり事が運んだことで安心した。

「いたずらじゃないもん。あの魔女が男の人を猫に変えたんだよ。僕見たんだ」

 久太郎は必死に訴える。

「久ちゃん、落ち着いて。このお兄さんはとりあえず放っておいていいからね。とにかく、私に、なぜあの手紙を出したのか教えてくれない?」

 理由がなければ、手紙なんて出さないだろう。あどけない子供の目だが、そこには悪気のない信念を感じた。久太郎の言い分を聞けばもっと納得できるはずだ。ミミは真剣に久太郎と向き合った。

「あのね、ある日、ここを通りかかったら、男の人がそこの窓から入っていったの」

「えっ、窓って、これのこと?」

 庭に面した吐き出し窓をミミは指差した。

「うん、その時、開いてたの。暫くすると女の人が先がもこもこってした棒をもって振り回している姿が見えた。その時何かぶつぶつ言って詳しくは聞き取れなかったけど、最後は『猫になーれー』ってそこだけ聞こえて、そしたら暫くしてから黒猫が窓から飛び出してきたの。きっと男の人が猫に変えられて追い出されたんだと思う。あの女の人は魔女なんだよ」

 ロクは家を見ながら考え込み、ミミも慎重になっていた。

「何かの思い違いじゃないかな。もこもこした棒はきっとダスターで掃除をしていたんだと思う」

「僕もはっきりとさせたくて、ついここに入っちゃったんだ。ほら、そこに小さな木の茂みが並んでいるでしょ。それでそこに身を隠して暫く家の中を見ていたの」

「それ覗きだぞ」

 ロクが突っ込む。

「うん、悪いと思ったけど、もし本当に男の人が猫に変身してたら、事件でしょ。やっぱり放っておけないよ」

 久太郎は悪くないと胸を張った。

「それでどうだったの」とミミ。

「うん、女の人はひとりだったし、男の人の姿は見えなかった。そのうち『誰かいるの?』ってばれそうになって、それで逃げたの」

「ふんふん」

 ロクは頷く。

「時々、その黒い猫がこの辺りにいて、きっと人間に戻りたいんだろうなって思うと、ついかわいそうになって、猫を男の人に戻してくださいってお手紙を書いたの」

「なるほど。そういうことか」

 ロクの目が鋭くなっていた。

 ロクは玄関に向かい、鍵を取り出して鍵穴に差し込んだ。

「ロク、家に入るつもり?」

 ミミが驚く。

「ミミと久太郎はここにいろ」

「何するの?」

 ミミの心配もよそに、ロクは引き戸を開けてスタスタと中に入っていった。

「お兄ちゃん大丈夫かな」

 魔女の家と信じ込んでいる久太郎は怖くなってミミの服の裾を引っ張った。

 ミミを頼っているそのしぐさがかわいい。

「大丈夫だよ。ロクはああ見えてもしっかりしているところがあるんだよ。コーヒーを美味しく入れるのがすごく上手いんだから」

「コーヒーを美味しく入れる人ってすごいの?」

「うん、すごいよ。だって、おいしくなーれって魔法が使えるからね」

「ええ、じゃあ、あのお兄ちゃんも魔法使いなの?」

「そうだよ。だから大丈夫」

「うわぁ、すごい」

 とりとめもない話なのに、久太郎はとても素直でありのままを受けいれていた。

 ふともれたお互いの笑顔がふたりの緊張を解きほぐした。

 しかし直接口には出さなかったが、内心ミミはこの状況を心配していた。久太郎の話に少しだけひっかかりがあって、それがとても悪い予感を感じさせたからだ。

 その時、「うわぁ!」と驚きの声が聞こえ、急にバタバタとした騒がしい音が聞こえてきた。

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