あやかし戦記 見えない糸
人が妖になる。そんなことはおとぎ話の中にしかないことで、現実では起こらない。これがこの世界での常識だった。しかし、それが今覆ったのだ。

「それで、前に採取したツヤの血も深く調べてみた。そしたらツヤの細胞も作り変えられていたことが発覚した。……つまり、ツヤも元々は人間だったんだ」

ギルベルトの言葉が響く。ツヤは戸惑った表情で検査結果を見ていた。

「……あたしが、人間だった……?」

震える声でツヤが言う。人を喰べないという特別な体を持った鬼の女性、千年も生きている彼女が人かもしれない。戸惑いと驚きが広がっていく。

「ツヤさん……」

未だに手を震わせているツヤにイヅナが恐る恐る声をかけると、「よかったじゃない!」とチェルシーがツヤに明るく話しかける。

「人になれば、たくさんのお友達を作れるわ。仲良くなった人が老いて先に死ぬ姿を見ることがなくなる。同じように歳を重ねて、恋をして、普通の幸せを手に入れられるのよ」

「……恋」

ツヤがそっと胸に手を当てる。その頬は赤く染まり、彼女の表情はごく普通の女性のように見える。
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