惚れ薬を飲んだせっかち男爵はとにかく今すぐ結婚したい
 彼はもしかしたら、本当に私を好きでいてくれて、プロポーズをするために来てくれたのかもしれない。

 だけど私の左手を見た時の彼の表情を、私は二度と見たくないと思った。
 もしも結婚して一緒に暮らすようになったら、何度彼が傷付く姿を見ることになるだろうか・・・。
 彼からの謝罪の言葉を何度聞く事になるだろうか・・・。

 そんな関係では、きっと私達は幸せになれない。
 
 だけど、もしも彼の口から「好き」という言葉が聞けていたなら・・・。

 そんな都合の良い事を考えながら、涙が枯れるまで私は泣き続けた。

 私はその日から、左手に手袋を着け始めた。
 
 しかし、彼はその日以来、村にやって来ることは無かった。

 1年後、再び私の前に姿を現すまでは・・・。


「エリーゼ嬢、こちらにお入りください」

 ダンさんの言葉にハッとして我に返ると、目の前には存在感のある一際大きな扉が立ち塞がっていた。
 その扉をダンさんが開けると、部屋にはポツンと机と椅子が置いてあり、その後ろにある大きな窓の向こうには木が見えた。
 その木は、昔ルーカスの部屋から見えていたものとよく似ていて、懐かしい気持ちになった。

「申し訳ありません・・・。この部屋、ルーカスの机と椅子しかないのです・・・。今ご用意しますので、それまではあの椅子をお使いください。」

「あ・・・はい」

 私はルーカスがいつも座っている椅子へと腰掛け、ダンさんが戻ってくるのを待つ間、ジルさんが言っていた事について考えていた。

 ルーカスは村を出る前に、大切な人に手紙を渡していた。
 緑色の瞳をした・・・。
 それはおそらく・・・。

 だとしたら、ルーカスは彼女にプロポーズをするために、あの日村に来たのかもしれない・・・。
 プロポーズの前に仲の良かった私に会いに来た・・・?
 しかし私の左手を見て、その罪悪感からプロポーズ
を断念したのだとしたら・・・。

 ルーカスの大切な人が私でなかった事実に、胸を刺される様な痛みが走ったが、少しずつ、私の中で何かが繋がり始めていた。
< 102 / 212 >

この作品をシェア

pagetop