惚れ薬を飲んだせっかち男爵はとにかく今すぐ結婚したい
 一人だけになった俺は大樹に背を預けて目を閉じ、ある本の内容を思い出していた。

 昔エリーゼに面白いからと、ロマンス小説を借りた事がある。
 その小説のヒロインには幼馴染の男がいた。その男はヒロインの事が好きで、ずっと傍で見守っていた。共に成長し、大人になってからも、その男のヒロインへの気持ちは変わらなかった。だが、ヒロインの前に突然異国の王子が現れ、ヒロインはその王子に一目惚れしてしまう。運命的に惹かれあった2人は紆余曲折ありながらも、王子の国で結婚し、幸せに暮らしてめでたしめでたし・・・そんな話だった。

 あの時の幼馴染の男が、ライオスの言う『当て馬』になるのだろう・・・。
 平民のヒロインと異国の王子が結ばれる美談として大団円(だいだんえん)で終わった物語・・・。あの幼馴染はヒロインが結婚した後、一体どうなったのだろう?いつまでも叶わない恋に縋りながら余生を過ごしたのだろうか・・・。

 ずっと昔から誰よりも長い期間、ヒロインを想っていたのにも関わらず、その恋が実ることは決してない・・・なんと不憫な役回りだろうか。
 まさに今の俺そのものだな。

「ふっ・・・」

 余りにも自分の境遇に似すぎて思わず笑いが込み上げる。
 だから俺とエリーゼは、いつまでたっても進展しないままなのか。
 俺のせいで体にも心にも傷を負ったエリーゼを、辺境の地に住む男が癒す・・・なんとロマンチックな展開だろうな。

「ふふ・・・」

 やはり俺はエリーゼの王子にはなれないのか・・・。
 所詮はただの当て馬か・・・

「あっははは・・・」

 彼女が俺を好きになることなんて、もう・・・。


『これを使ってアンタがエリーゼを惚れさせちゃうのよ』


 ふいに悪魔の囁きが頭を過ぎった。

 すっかり俺の記憶から消えていたが、ユーリと交わした会話が鮮明に蘇る。
 エリーゼが俺を好きになる可能性が残された唯一の方法・・・だが、彼女を騙す事など・・・。

 ・・・いや・・・・・・言い訳はもう必要ない。

 当て馬は所詮それ以上の存在になれない・・・。

 ならばなってやろうじゃないか。

 どうせ結ばれない運命というなら・・・悪魔に魂を売ろうが、どんな手を使ってでも足掻いてやる・・・。

 『惚れ薬』だって・・・飲んでやろうじゃないか。



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