惚れ薬を飲んだせっかち男爵はとにかく今すぐ結婚したい
 俺はユーリの屋敷に着くと、正面の閉ざされた門をよじ登って屋敷内へと侵入した。2階のユーリの部屋がある場所を特定し、その近くに生えている木を軽快に登ってバルコニーへと飛び降りた。

 当然、部屋へ入るためのガラス張りの扉は施錠され、内側のカーテンは閉められていて中の様子は分からない。
 俺は執拗にノックを繰り返し、そろそろ割って入ってしまおうかと思った時、カーテンが勢いよく開かれた。そこには寝巻き姿で物凄く不機嫌な顔をしたユーリが睨みを利かせながら立っていた。

 ユーリは扉を開けると、貴婦人とは思えない態度で舌打ちし、ドスの利いた口調で俺に話しかけてきた。

「・・・何?夜這でもしにきたわけ?人の旦那を帰さないくせに?」

「違うに決まってるだろ。お前の旦那には俺とエリーゼが結婚するための準備に動いてもらっている。しばらくは帰らない」

「・・・え。アンタ達結婚すんの?・・・てことは・・・惚れ薬を飲んだの?」

「ああ、飲んだ。エリーゼは・・・俺の事が好きらしい。」

 後半は思わず照れて熱くなった顔を手で覆い隠した。
 先程まであからさまに不機嫌そうだったユーリは、ニヤりと笑みを浮かべ始め、面白がるように俺を見ている。

「ふふっ・・・上手くいったみたいね。で、何しに来たのよ?」

 ユーリは長い髪をかきあげると、近くに置いてあった椅子に腰掛け、足を組んだ。
 スカート状の寝巻きがめくり上がり、その太ももが露わになるが、その足には全く興味はない。

「惚れ薬の効果時間を聞きに来た」

「・・・ん・・・ああ。薬の効果時間・・・?んー・・・そうねぇ・・・だいたい10時間くらいってとこかしら?そこは個人差があるから断言はできないわよ」

 10時間か・・・くそっ・・・!思ったよりも短いな・・・。
 という事はエリーゼが朝、目を覚めた頃には俺の事はもう・・・。

 俺はエリーゼに嫌われる事を想像して、(うつむ)きたくなる気持ちをグッと拳を握り払拭(ふっしょく)した。

「惚れ薬はまだあるのか?明後日の結婚式まではなんとかエリーゼの気持ちを繋ぎ止めなければいけない」

「え、結婚式って明後日やるの?
 そうね・・・・・・・・・・・ある・・・わよ」

 なんだ今のやけに長い間は・・・。
 ユーリはゆっくりと立ち上がると、部屋の扉の前でピタリと足を止めて振り返った。

「ちょっと待ってて。作ってくるから」

 そう言い残し、火を灯したランプを手に持って部屋の外へと消えて行った。

 ・・・今、作ってくるって言わなかったか・・・?寝ぼけているのか・・・?
 まあ、俺としてはあの惚れ薬さえ手に入ればそれでいいのだが・・・。

 ユーリの言動に引っ掛かりを感じながらも、俺の頭の中はエリーゼとの結婚を無事に成立させる事で一杯だ。
 そのためには、なるべく多くの惚れ薬が必要になるが・・・。

 だから俺は戻ってきたユーリが惚れ薬を2個しか持っていなかった事に軽く絶望した。
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