惚れ薬を飲んだせっかち男爵はとにかく今すぐ結婚したい
 その瞬間、突風が吹き抜けた気がして目を開けると、目の前をなにか赤い光が過ぎったように見えた。
 その時だった。

 キイィィィン!!

「ぐあぁっ!!?」

 耳障りな金属音と、悲痛な叫びが同時に発せられ、私の腕を掴んでいた手の力が抜け、解放された私はよろけるように後ろへ倒れそうになる。・・・が、地面に着く前に体を優しく抱き止められた。
 
 その手の感触には覚えがある・・・。肩にかかるその息遣いにも・・・。
 今日、幾度となくそんな風に愛しく私に触れてくれた・・・私が愛してやまない・・・彼だ・・・。

 私は顔を上げ、泣きそうな程心配そうに私の顔を覗き込んでいる彼に笑いかけた。

「ルーカス・・・」

 その名前を呼んだ瞬間、感極まって再び涙が溢れた。

「大丈夫か?エリーゼ・・・すまない・・・遅くなった・・・」

 悔しそうに顔を歪めるルーカスの額からは汗が流れ落ち、息遣いも少し荒い。もしかしたら今まで私を探し回ってくれていたのかもしれない。
 「大丈夫だよ」と伝えたいけど、すっかり気持ちが緩んだ私の意識は朦朧とし始めていた。
 それを察してか、ルーカスは私を抱き抱えて少し移動すると、床にソッと寝かせてくれた。

「エリーゼ、大丈夫だ。俺が守るから・・・。安心して眠るといい。」

 ルーカスはそう言いながら、私の頭を撫で、優しく微笑みかけてくれた。
 そして一呼吸して立ち上がると、私に背を向け手に持っている剣を構えた。
 その瞬間、向かい側にいる令嬢の顔が、まるでこの世の終わりを見るかのように恐怖で歪み、両隣で刃物を手に構える男達もビクッと反応した。
 その様子から、ルーカスが物凄い形相で相手を睨んでいる事が分かる。
 後ろから見ても、ルーカスがなにかおぞましいオーラみたいなものを体に(まと)っているように見える。

 ただ・・・なぜか、剣を構えるその後ろ姿に既視感を覚えた。

 私は彼が騎士だった頃の姿を見たことが無い。もちろん、剣を手に構える姿も今回が初めてのはず・・・だけど・・・。
 その姿を前にも見た気がする・・・いや・・・確かに見覚えがある。

 私はその後ろ姿を知っている。

 ルーカスと退治する男の姿がボヤけて獣のような姿に形を変える。
 剣を構えるルーカスは、何故か背がグッと低くなったかと思うと、ナイフを握りしめてその獣と真正面から向き合っている。
 その姿は私を守るように、目の前の驚異に立ち向かっている。

 薄れゆく意識の中・・・だけどはっきりと思い出した。

 あの時、ルーカスが私を守ってくれていた事を。
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