惚れ薬を飲んだせっかち男爵はとにかく今すぐ結婚したい
 やはり具体例を一つ一つ提示していった方が安心出来るのか・・・?
 もう一度言い直しても良いだろうか・・・。

「エリーゼ・・・」

 そう呼びかけた時・・・。

 ガタンッッ!!!

 何かの障害物で車輪が乗り上げたのか、馬車が大きく跳ねた。

「きゃっ!?」

 その衝撃でエリーゼの体が跳ね上がり、バランスを崩して倒れそうになるのを素早く俺は抱き留め、自分の体へと引き寄せた。

「大丈夫か?」

「え、ええ・・・」

 奇しくもそれがきっかけで、エリーゼは俺にしがみつくように背中に手を回し、俺達は抱き合う形になった。
 顔を上げたエリーゼと、俺の顔の距離が数センチというところまで急接近している。

 最初はキョトンとした顔を俺に向けたエリーゼだったが、状況を理解したのか、俺に向ける瞳はフルフルと揺れだし、日に焼けていない色白の素肌はあっという間に赤く染まる。
 身体が密着しているため、エリーゼの異常な程早くなった心臓の鼓動も伝わり、彼女が俺を異性として意識してくれている事が伝わる。

 こんなにも俺を好きだと伝えてくるエリーゼの反応に、彼女を抱きしめる手に自然と力が籠る。
 しかしエリーゼは俺から目線を逸らし、俺にしがみついていた手の力を緩めた。

「・・・ルーカス・・・村を出る時の約束、分かってるよね・・・?手を離してくれる?」

 エリーゼは俺の背中に回していた手を解き、俺の胸元へ押し当てた。
 俺から離れようとするその動きに、俺は応える気は無い。

「嫌だ。離したらエリーゼが倒れてしまうかもしれない」

 エリーゼにすがりつく俺は、まるで意地を張る駄々っ子の様だな・・・。
 我ながら情けないとは思うが、彼女を離したくない。

「私はもう大丈夫だから・・・」

 大丈夫・・・そのセリフを何度君から聞いただろうか・・・。

「俺はもう、エリーゼを守れない男にはなりたくはない」

 あの時・・・エリーゼを守れなかった時の様な惨めな思いはもうしたくない。

「・・・ルーカス・・・」

 エリーゼは再びその瞳に俺を写し出してくれた。
 俺を慰める様に優しく見つめる彼女の姿に、今ならきっと何をしても許してくれるのではという錯覚に陥った。

「エリーゼ・・・」

 愛しい名前を呼び、俺は彼女にゆっくりと顔を近付け、その唇に自らの唇が当たる直前で動きを止めた。
 
 許しを乞う様に見つめる俺に対して、彼女は視線を逸らせ、戸惑い葛藤する様な表情を見せた後、俺を拒む手の力が緩み、彼女はゆっくりとその瞳を閉じた。
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