惚れ薬を飲んだせっかち男爵はとにかく今すぐ結婚したい
「到着しまし・・・うわあああ!!!?」

「ふああああ!!!?」

 空気を読まずに馬車のドアを開けたダンにエリーゼは、驚きの叫び声をあげながら俺の身体を押し退けるようにして引き離し、後ろへ飛び跳ねると、当初エリーゼが座っていた席に着地した。
 俺は自分の中に地響きと共に沸き起こる憤りを溜息に込めた。
 ダンは処刑台を前に死を覚悟した罪人の様に真っ青になっている。

「・・・おい、貴様・・・ノックをしろ・・・」
 
 今までに無い程の怒りが込められた俺の声に、ダンはしばらく俺と目を合わせず黙って俯いていたが、キッと抗議するように俺に顔を向けた。

「ル・・・ルーカスがいちいちノックするなって言ったんだろーが!!」

 ああ、確かにいつもならそう言う。
 1回のノックでの確認作業が5秒かかるとして、一日10回それを行えば50秒・・・一日で約1分の時間を無駄にする。
 1ヶ月に換算すると30分・・・1年で6時間・・・。
 お金も何も生み出さないただの確認作業に6時間もかける意味が分からない。

 ・・・そう思っていたが、今この瞬間にノックの必要性を深く理解した。

 あと5秒・・・あと5秒あれば俺はエリーゼと・・・。
 くそ・・・柄にも無く待ってしまった故に・・・。

「今後一切・・・エリーゼと2人でいる時に扉を開けるな・・・」

 未だ怒りが収まらない俺の心境を察し、ダンは緊張した様子でゴクリと喉を鳴らした。

「ああ・・・分かった・・・。あの・・・着きましたので・・・どうぞ・・・」

 ダンはそう告げると、俺達が馬車から降りられる様にドアから離れた。

 エリーゼは恥ずかしそうに顔を両手で扇いでいるが、俺が手を差し述べると、少し苦笑いしながらその右手を重ね、俺達は一緒に馬車から降りた。
< 75 / 212 >

この作品をシェア

pagetop