惚れ薬を飲んだせっかち男爵はとにかく今すぐ結婚したい
 ジルとエリーゼは一体何の話をしているのだろうか・・・。
 俺が騎士だったことはエリーゼには話していない。
 別に隠していた訳ではなく、単純に話すタイミングが無かったからである・・・。
 くそっ・・・こんな事になるなら俺から話をしとくんだった。
 エリーゼが望むなら、俺の昔話などいくらでもしてあげるのに・・・。

 ・・・そういえば、俺達はお互い離れていた時の事を知らない・・・。
 話をしようともしなかった・・・。
 昔の話をするとなると・・・どうしてもあの時の事を思い出すから・・・。

 ふいに、あの衣料品店の店主の言葉が頭をよぎった。

『彼女が愛する男性の前では安心して手袋を外せるよう、その傷すらも彼女の一部として愛してくださいませ』

 あの左手の手袋を、いつか俺の前で外してくれる日が来るのだろうか・・・。
 そして俺はあの傷を・・・愛することが出来るのだろうか・・・。

 俺はエリーゼとジルがいる応接室の前に着き、扉を開けようとしたが、扉は完全に閉まっていなく、少し開いたままになっていた。
 その隙間からジルとエリーゼが向かい合わせになって座っているのが見えた。

 エリーゼは笑いながらジルの話を聞いている。
 俺以外の男と楽しげに話す姿に、俺は嫉妬の炎で身を焼かれるようだった。

 その時・・・。
 エリーゼが左手の手袋を外すのが見えた。

 その瞬間、雷に打たれたような衝撃と共に、心臓を掴まれたような生き苦しさが襲ってきた。

 ・・・どうして・・・?
 何故その男の前でその手袋を外すんだ・・・?
 俺の前では外す事を拒んだのに・・・。

 俺が伸ばした手が扉に触れ、ゆっくりと開いた。

「エリーゼ・・・」

 震える声でその名を呼びかけると、エリーゼはハッとして顔をこちらに向けた。
 穏やかだった表情は一瞬で青ざめ、左手を隠すように引っ込めると、手袋を素早く着けた。

 彼女のその姿を見て、ズキリと胸に鋭い痛みが走った。

 そして察した。
 エリーゼはその左手を俺には見せたくないのだと。
 俺のせいで小指を失った事を、彼女は恨んでいるのだろうか。
 エリーゼは俺と顔を合わせること無く、わずかに肩を震わせ俯いてしまっている。

 ああ、もう彼女の気持ちがわからない・・・。
 もしかしたら、こんな俺の事をもう好きでは無いのかもしれない。

 静まり返った部屋の中で、俺は虚無感にとらわれながら、彼女の前では何も言えなくなる昔の自分に戻っていくのを感じていた。

 もしかしたら、惚れ薬の効果が・・・切れようとしているのかもしれない・・・。
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