惚れ薬を飲んだせっかち男爵はとにかく今すぐ結婚したい
12:彼女を傷つけていたのは(ルーカスside)
 エリーゼは黙ったまま、悲痛な面持ちで右手で左手を隠すように握っている。

 彼女が何故そんな顔をするのか・・・何が彼女を悲しませているのか・・・心配する気持ちとは裏腹に、今はそれ以上に体の奥底から湧き上がる嫉妬で頭がどうにかなりそうだった。

 俺はとにかく今は1秒でも早く、この男をエリーゼの前から消し去ってやりたかった。

「ジル・・・公爵は帰ったぞ・・・お前も早く行った方がいいんじゃないか?」

 俺が突き放すような言葉を向けても、ジルはしばらくエリーゼの様子を見つめていた。
 今すぐその首を掴んでエリーゼへ向ける視線を引き離したくなったが、彼女の前でそんな姿を見せる訳にはいかない。
 苛立つ俺の視線に気付いたのか、ジルは俺に顔を向けると、穏やかな笑みを浮かべた。

「ああ、大丈夫だよ。俺の役割は公爵が屋敷に帰るまでの時間稼ぎだったからね。君が十分すぎるくらい時間稼ぎをしてくれたおかげで、もうその必要もなくなったよ。今頃、私の部下達が証拠を揃えて公爵が帰ってくるのを待っているはずだからね」

「ならばここに用事はもう無いはずだ。早く帰れ」

「いや・・・今、君に用事が出来たよ。少し2人で話そうじゃないか」

 不自然な程に笑顔を浮かべるジルの表情に、このまま引き返す気が無い事が(うかが)える。

 腹黒いヤツめ・・・エリーゼは何故こんな奴に左手を見せたのか・・・。

「懐かしいな・・・その目・・・。あの飴玉を拝借した時と同じじゃないか」

 ああ・・・そんな事もあったな・・・。
 あの時も同じ感情だった・・・
 ジルに飴玉を奪われた時、まるでエリーゼを奪われたかの様に錯覚し激高した。

 そして今・・・彼女の心がコイツに奪われようとしているのではないかと、気が気でない。

「ごめんねエリーゼ嬢。もう少しだけコイツ借りるね」

 ジルは急に俺と肩を組む様に体を寄せると、勝手にエリーゼに話しかけた。

「おい、何勝手な事を・・・」

 言い返そうとした時、ジルが俺の耳元で小さく囁いた。

「君も気になってるんじゃないか?何故彼女が手袋を外したのか・・・」

 その言葉に俺の言葉は途切れた。
 確かに気になる・・・が・・・エリーゼにその事を問いただす勇気は俺にはない・・・。
 今の俺の心境では酷い言葉を言ってしまうかもしれない。

「エリーゼ・・・本当にすまない・・・。もう少しだけ、待ってて欲しい。ダン、エリーゼを頼む」

 そう告げた俺は、エリーゼの顔をまともに見ることが出来なかった。

「ああ。エリーゼ嬢、行きましょう」

「はい・・・」

 その返事だけで、エリーゼの気持ちも沈んでいるのが伝わり、息苦しくなった。
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