惚れ薬を飲んだせっかち男爵はとにかく今すぐ結婚したい
 だが次の瞬間、ジルの顔から笑顔が消えた。

「・・・ふざけてるのはお前の方だろ?」

 低い声でその言葉を言い終えると、ジルも俺の胸ぐらを掴みあげた。

「なあ、お前さあ・・・彼女のあの左手を見た時に自分がどんな顔してたか分かってるか?」

 ・・・こいつは何を言ってるんだ・・・。
 彼女の左手の小指は二度と戻ることは無い・・・その傷跡を無くすことも出来ない。
 だから、彼女には本当に申し訳ない事をしたと思って・・・。

「お前、なんでそんな顔すんだよ・・・。傷を負ったのは彼女の方だろ?お前が被害者ヅラすんじゃねぇよ!」

 ジルは紳士的だった態度を一転させ、柔らかかった口調を荒らげ、俺を睨みつけた。
 ジルの言葉に図星を指された俺は、言い返す言葉が見つからず、歯を食いしばりながらその屈辱に耐えた。
 ジルはオレを非難する様な視線を向けたまま言葉を続けた。

「お前は彼女を守りたいんだろ?外部の敵から守る力を手にしたって、お前が傷付けてんじゃ意味ねぇだろうが!!しっかりしろよ!!」

 俺が・・・エリーゼを傷付けた・・・?
 エリーゼのその手に癒えない傷を残させたあげく・・・さらに俺が彼女を傷付けていたのか・・・?

 確かに、彼女はさっき左手を見た俺の顔を見て、ショックを受けていたようだった・・・
 てっきり俺は、その手の傷を見られたくないだけなのだと思っていた。
 女性が自身の体のコンプレックスを隠すのは当然のことだから。
 だからショックを受けたのだと・・・。
 
 ・・・彼女が恐れていたのは、俺が傷付くことだったのか。

 ああ・・・そうだ・・・。
 そんな簡単な事になんで今まで気付かなかったんだろうか・・・。
 優しい彼女は俺が傷付く事を恐れていたんだ・・・。
 俺が彼女の左手を見て傷付く事に胸を痛めて、俺の前でその傷を見せないようにしてくれていたのか・・・。
 それが彼女が手袋をした理由・・・。
 だから俺の前では手袋を外したくない・・・という事だったのか・・・。

 俺は掴んでいたジルの胸元の手の力が抜け、だらんと垂れた。

「守るんだったら全部守れよ。彼女の心も、笑顔も、誇りもだ」

 そう言い放つと、ジルも俺の胸ぐらを掴んでいた手を離した。
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