消えた未来
 できることなら、もう少しそばにいてほしかったけど、加野先生がいるから、雑談をしていられる状況ではなかったから、仕方ない。

「久我さん」

 忍び足で自分の席に向かおうとすると、先生が厳しい顔をして彼を呼んだ。タイミングが悪くて、私は静かに下がる。

 彼の首がゆっくりと動き、先生を見上げた。横顔しか見えないけれど、彼が先生を睨んで、怪訝そうにしているのがわかる。

「始業式に出ないで、どこでなにをしていたんですか」

 十分な距離を取ることができなかったから、先生が声を抑えていても、聞こえてしまった。聞こえない場所に移動するのが正解なのかもしれないけど、この状況で移動してもいいのは、なんだか抵抗があった。

 一方、彼は面倒にでも思っているのか、無言で先生から視線を逸らした。

 先生が怒りをこらえているように見える。

「久我さん、答えなさい」

 先生は少しだけ、語尾を強めた。それに対して、大きなため息が聞こえてきた。

「保健室」

 彼はようやく、先生の声に答えた。小さな声だったけど、やはり面倒だと思っているのが、なんとなく伝わってくる。

 それにしても、不良のサボり場なら屋上だと勝手に思っていたけど、違ったみたいだ。

 彼が答えたことで、先生は心配の色を見せる。真面目で有名な先生だと聞いてはいたけど、ここまでだとは思っていなかった。

「体調が悪かったんですか?」
「別に」

 さっきの答え方を聞いたときも思ったが、彼は想像以上に冷たい声をしている。言い方も相まって、怖いと感じてしまう。

 彼と先生のやり取りが聞こえているクラスメイトたちも、遠巻きに小声でなにかを言い合っている。
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