酔いしれる情緒




「凛の意見を尊重するべきだって、ちゃんと分かってる。困らせたくないし、尊重してあげたい。」




弱々しい声で言われる言葉の数々は

私に疑問を持たせるものばかりだけど、





「でも、ごめん、無理なんだ。」





そのセリフと共にキュッと掴まれた左手首。





「手放してあげられない」





優しく掴まれているけれど、振りほどくことはできないくらいの強さ。






痛くはない。怖くもない。



……けど、





「想い人が出来たとか
俺のことが嫌いになったとか。

理由が何であろうと、絶対に逃がさない。


この家に来た時点で
凛の全ては俺に捕らわれているんだよ。」





ゾクリ。背筋は震えた。




冗談で言っている様子はなく、ただただ真剣に。前髪の隙間から見える瞳が、私の目を貫いては離さない。





どう答えればいいのか分からなくて、私は数秒固まってしまった。




そうして考えているうち、私はこの数分の間ずっと勘違いしていたのだと気付かされる。



春は、私が出て行くと思っているらしい。



出て行く、とは、今この瞬間ではなく。

この家自体から出て行くということ。



春のそばから離れて暮らすこと、だ。




なんでそんな発想になったのか謎だけど、私が目を逸らしてばかりいたから不安になっていたのかもしれない。





「………春、」





私はもう片方の手で、私の腕を掴む春の手に手を添えた。





「……出て行くなんて思ってない。


私が話したいことは、そんなことじゃなくて」





私の返答に


春の顔には一瞬安堵の色が浮かぶも、





「アンタの、本当の名前が知りたい」





言えば、彼は目を丸くさせた。


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