酔いしれる情緒
「まあいーや。じゃあ俺煙草吸ってから帰るんで!」
「うん。お疲れ様」
「お疲れ様っす~!」
慎二くんは手をひらりと振って
歩きながら煙草を取り出していた。
早く吸いたくて吸いたくてたまらないのだろう。
そんな慎二くんを背に、
私は家へと足を進める。
(春はもうご飯食べたのかな。)
お昼真っ只中の今。私はカバンから携帯を取り出して春に電話をかけようとする。
………が、
駅前の大きな画面に流れている映像が目に入ると、携帯を触る手が自然と止まった。
私だけじゃない。
周りにいる人達のほとんどがその映像を眺めてる。
主題歌なのだろうか?音楽も流れていて
「 …………っ」
不意に画面に映る一ノ瀬櫂に息を飲んだ。
この映像は、あの映画の予告だ。
そう気づいたのは今この瞬間で。桜田紬と一緒に映る一ノ瀬櫂は、やっぱりどこからどう見ても春。
そんな彼が桜田紬に手を添えてー……
「きゃ~!」
一瞬だけ映ったキスシーンに
近くにいた女子高生が黄色い声をあげた。
「キスシーンやばいね!」
「ほんっとやばい…!紬ちゃんに嫉妬しそう~」
その子達の会話がやけにしっくりきてしまった。
恋愛映画なのだからキスシーンなんてあるに決まってる。
これは全部演技で、春の気持ちが入っているわけじゃない。
「…………………」
そう理解できているはずなのに、
あの映像が嫌だと思ってしまう私も
よくわからない。