酔いしれる情緒
「ごめんね。意地悪した」
春の唇が頬に触れて、私は軽く身をひく。
「やめて」と言いたくなった。
だって、その唇は、
さっきまであの人と。
「冗談だよ」
頬に触れた唇が
今じゃ、耳元にある。
「仕事の話をしていただけ。
凛が心配するような事は何もしてない。」
「由希子さんは俺の仕事に必要な人なんだ。」
「仕事上の関係だけで、それ以上の深い関係なんて一切ないよ」
自然と耳に入ってくる言葉の数々は
私の荒れた心を落ち着かせるものと、
二人の関係性について。
「由希子さんに凛の存在を隠したかったのは、凛がここから追い出される可能性があったから。」
口付けは耳から額へと移り、
なんだかこの甘さがむず痒くて
逃げ出したい気持ちになっているけれど
逃げ惑う身体は素早く腰に回された腕によって捕えられてしまう。
「若い女の人と一緒に暮らすのは、俺の立場上良くないことなんだ。」
ギュッと引き寄せられてしまえば、もう何も出来ない。
「っ…じゃあ、なんで、私をここに連れてきたの…」
動かせるのは口のみで
だからこそ、気になったことを聞いた。
危険を冒してまで、私をここに連れてきた理由を。
私の事が好きだからって理由でここに連れてきたのだとしたら、危機感なさすぎでは?