酔いしれる情緒





「でもほんと、家政婦さんの作る料理は美味しいです」





不意に私へと向いた話題。



褒められているのだから「ありがとうございます」と言うべきところを、私が答える前に春が返答した。





「でしょ?俺、家政婦さんの作る料理好きなんだよね」





褒められているのはアンタじゃなくて私だというのに、春もなんだか嬉しそうに笑って。





「美味しいから、無意識にも早く食べちゃうんだよ」





頬杖をついて今度は私に笑みを向けた。




ふわりと音が鳴っていそうな、そんな笑み。


ニセモノなんかじゃない、正真正銘の春の笑みだ。





「……そう仰っていただきなによりです」





照れ隠しをするように水を飲んだ。



きっと春にはバレているだろうけど、そうだとしても水を飲む。



ゴクリと飲めば乾いていた喉が冷たく潤った。





私が春に対して敬語で話すのは、由希子さんの前だけ限定で。その間春は私を『凛』ではなく『家政婦さん』と呼ぶ。



それがここから追い出されないために決めた春とのルールだ。




親しげにしていたら、きっと由希子さんに私達の関係を疑われるに違いないから、と。



付き合っているわけではない。


けど、キスはするような関係。




春は世間的に有名な俳優さんなわけで


由希子さんはきっとそのマネージャー。




そんな人に気づかれては、春の言う通り、私はここから追い出される気がする。





世間に騒がれるような何かが起こってはイケナイと。





だからこそ、監視するためにもほぼ毎日ここに来ているんじゃ?

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