酔いしれる情緒
でもそう言う前に春がこの部屋から出ていってしまったから、言えず。
「やっぱりそこか」
「うん。ちょっと部屋片付けてて」
その男のいる部屋へと行ってしまうと、2人は仲良さげに話をする。
知り合い、だったのか。
まあそうだよね、知り合いじゃないと勝手に家の中に入ってこないし。
………いや、それもおかしな話ではある。
てゆーかエントランスはどうやって入ってきたんだ。鍵ないと入れないと思うんだけど。
「それよりもマナーモードはやめろって何度も言っているだろ」
「ごめんごめん。邪魔されたくなくて」
「そんなに熱中することか?」
その瞬間、引き戸の隙間からバチッと春と目が合った。
「───うん。熱中してるよ、今までにないくらいに」
ドキッ。
おいまて私。ときめくな。
手首を縛られているこの状況でその表情カッコイイとか絶対思うなっ…
「まあ掃除することは良い事だけど……」
呆れたように深い溜め息をつくその人は、
カバンの中から何やら書類のような物を取り出した。
「ほら。日程決まったから」
「分かった。向こうで聞かせて」
「は?向こう?なんで」
「いいから」
そう言って、2人はその部屋からどこかに移動してしまった。
きっとそれは私に話を聞かれたくないからだ。
日程とやらを。
会話を聞く限りあの人も一ノ瀬櫂のマネージャーのように感じる。スーツ姿だったけど。
由希子さんにあの人、一ノ瀬櫂1人に対して何人のマネージャーがついているのやら。
(てゆーか……私はいつまでこの状態?)
じっとしててって言われたけど、それはいつまで?
手首のそれを外そうとしても、なかなかキツく結ばれている模様。キスしてる間に結びやがったなあの野郎。
(こんなことしなくたって隠れてるつもりだし…)
あの人にも言っていないのだろう。
家政婦が若い人だということを。
だとしたらバレるとダメな気がするし、まず春が黙っている時点で絶対良くないことなんだろうし…
少しして、薄暗かったこの部屋に光が差し込んだ。
反射的に目を細めれば、引き戸のそこには春がいる。
引き戸を開けたのはもちろん春で。
「お待たせ」
「………………」
これ早く解けよ。そういう目で春を睨む。
ここに春が来たってことは、どうやらあの人は帰ったみたいだ。
「………? 早く。」
ニコニコと微笑む春は私を見つめるだけで微動だにしない。
いや、早く解けって。