酔いしれる情緒
小説をパタンと閉じた。
今は読む気にならない。
ならないというか、集中できない。
だって、今私は、
ドアの向こうに意識が向いているのだから。
惹かれるようにドアの前に立つと
感じるのは、春の気配。
「俺、やると決めたからにはやり通す男だから。そのためならなんだってするし、容赦もしない。」
なんでいきなりそんなことを言い始めたのか
「凛は、こんな俺にずっと愛される覚悟はある?」
今何を思って何を考えて言っているのか──…
「…………何を今更。」
それは顔を見ないと分からない。
ドアノブに手を添えて、グッと力を込めた。
「いつも想定外なことをする春を私はまだ分かるわけがないし、その強引さについていけないときだってあるよ。
今だってそう。何いきなり?何が言いたいの。
ここに私を連れてきたのはアンタでしょ?なのに手放してあげてもいいって、ほんと意味が分からない。
……私はアンタにどれだけ振り回されればいいわけ?」
止まらずに言ったせいで
はぁ…っと息が漏れる。
「はい分かりました。
じゃあ手放して下さい。
前の私ならきっとそう言ってた。
………だけど、そんな私を変えたのは春。
今まで無縁だったことを、春が私に与えた。
2人で食べるご飯は美味しいことと、早く会いたいと思う気持ち。初めてのキスは嫌じゃなかったし、寧ろ幸せだと思った。
春の腕に包まれて眠ると
いつもよりグッスリと眠れてしまうだとか、
ムカつくほどに綺麗な顔しているだとか、
柔らかい髪に、色素の薄いその目。まつ毛がムダに長いことも………ほんとムカつく。
ムカつくんだってば、春の存在自体が…。」
何も無かった私の心に土足で踏み入れてきて
荒らすだけ荒らして
今じゃ「手放してあげてもいい」?
ほんと、
自分勝手すぎて
ムカつく。
「……だったら私だって言わせてもらうけど、離れるつもりないから。
アンタが違う世界に棲む人だとしても関係ない。何があっても絶対に離れてあげない。
私をここまで依存させたのは春だよ。
憎むなら、自分自身を憎んで」
今どんな顔をしているか拝んでやろうとドアを開けた。
もちろん目の前には春がいて───
「………………」
もしかして、だけど
「凛。」
ニコニコと微笑むコイツを目にして
やっと気がついた。
「おいで」
騙されたのかもしれない。