酔いしれる情緒
棲む世界が違います。
願ったところで叶うとは思ってない。
この先の運命は
知らぬ間に決まってあるのだから。
「安藤さん。少し、話をしませんか」
橋本さんに声をかけられる、そんな運命だって変えられない。
───事の発端は休憩に入る前に起こる。
「暇だねー」
レジ横で椅子に座って店内を眺める店主。
かれこれ2時間はその体勢だ。
「安藤さんも座ってていいよ。暇だし」
「暇なら掃除してください」
「さっき隅々まで掃除してくれたからね~
もうどこもピッカピカだ」
………まあ、確かに。
今日は朝からずっと暇で、私以外の従業員は昼前に帰ってしまった。
「安藤さんもあがって良かったんだよ?今日はずっとこの感じが続くだろうし。暇な時間って結構ツラいでしょ」
「いえ、全く。寧ろ……」
「寧ろ?」
────寧ろ、家にいる方がツラい。
そう言いかけたが「え、なに。相談乗ろうか?」なんて心配されそうで、やめた。
「………………暇な方が、好きです」
「そ? ならいいんだけどね」
店主は近くにあった本を手に取るとパラパラとめくり始める。
そして、少しすれば眼鏡をかけてしっかりと読み始めてしまった。
店主のくせに動かないなと、そう頭の片隅で思いながら、さっき印刷したばかりのブックカバーを折る。
客のいない店内は静かな曲中心のクラシック以外音はなく、
この音楽、何周目なんだろう。
なんて考える暇があるくらい暇だ。
そんな暇な時間をまた数分ほど続け、ブックカバーを折るのにそろそろ飽きてきては店内を意味もなくまわってみる。
店主は未だに本の中の世界へ没頭中。
あの感じだと、今お客さんが来店しても気づかなさそうな。
そんな店主に呆れつつも、綺麗に並べてあった雑誌をもう一度綺麗に並べ直すという意味の無い作業をする私。
こうでもしないと時間進まないし。
暇すぎて時間が進まないのは嫌だけど、仕事が終わって帰るのも嫌。
そんな矛盾を抱える私が今日早上がりを断ったのは前のように稼ぎたいからが理由じゃない。
ここで過ごす時間をできるだけ長くして、あの家で生活する時間を減らすため。
まあ……寂しさを紛らわせるためだ。