酔いしれる情緒
無意識に選んだその雑誌を手にとると、
表紙一面を飾る一ノ瀬櫂の姿が瞳に映る。
実物ではない。動くこともない。
けどその姿を見ただけで胸はギュッと苦しくなる。
寂しさを紛らわせるためにここにいるのに……これじゃあ意味がない。
~♪
店内に鳴り響く来客音を耳にしては、無意識にも抱きしめていた雑誌を慌てて元の位置に戻した。
「いらっしゃいませー…」
スクッと立ち上がって、聞こえるか聞こえないか程度の声量で呟く。
ほら、やっぱりあの人(店主)は来客に気づいていない。未だに本と睨めっこ中だし。
働けこの野郎と思いながらもレジに戻る。
その最中、来店した人とすれ違った。
スッと横切ったその人は、
いつものようにスーツ姿で。
(……また来た)
ぶつかってしまったあの日から橋本さんはほぼ毎日ここへ来る。
時間帯は様々で、今日みたいな昼ちょっと過ぎの時間帯もあれば午前中にも来るし、閉店前に来ることもある。
もちろんはじめのうちは警戒したものの、なんの音沙汰もなく過ぎていく日々に今じゃ普通の客だと思えるようになった。
オドオドしていればそれはそれで怪しまれるだろうし。
橋本さんを目で追うこと無くレジに戻り、またブックカバーを折り始める。
そしてまた訪れた暇な時間。
この音楽何周目だろうと
再び同じことを考え始めた時、
「これ、お願いします」
「えっ。あ、はい」
カウンターの上に一冊の雑誌が乗せられる。
あれ、意外だな。と思ってしまった。
この人……いつも何も買って帰らないのに。
今日もそうだと勝手に決めつけていた私は慌てて折っていたブックカバーを隅へと寄せた。
「700円です」
言うと、橋本さんはズボンの後ろポケットから財布を取り出した。
だけど取り出したものはお金ではなく、
一枚の名刺。
「……なんですか」
「何って、名刺です」
「それは分かりますけど」
意味が分からなくて、要らないですとその手を押し返そうとした時、思わず持っていた雑誌を落としてしまう。
バサッとカウンターの上に落ちたそれは表紙が上となって落ちて。
「あっ…」
その表紙を目にした時、私は分かりやすく反応してしまったのだ。
一ノ瀬櫂が表紙の雑誌。
それはさっき私が抱きしめていたもの。
その雑誌をわざわざ私の元へと持ってきたこの人。
まるで、反応を確かめるために買いに来たような。
それが何を意味しているか、なんて───
「安藤さん」
呼ばれて、恐る恐ると顔を上げる。
名刺には『橋本裕二』の名前と
とある芸能事務所の名前。
それから─────…
「少し、話をしませんか」
私の名前を知るこの" 社長さん "を
私はずっと警戒するべきだった。