酔いしれる情緒
───────────────
(なんだここは…)
仕事終わり。
橋本さんに指定された場所へと来てみれば、どデカい和風建築の建物で如何にも高級料亭であろうここに唖然とした。
入口前だけでも高級感が漂うこの場所。
中に入れば確実和装をした人に出迎えられそうな、そんな場所。
本当にここなのかと信じ難くなり、
携帯に示された場所とこの場所を交互に何度も確認するも、地図アプリは当然のようにここを示している。
公園だとか、カフェだとか。そんな一般的にゆっくり話せる場所を想像していた私は、驚きのあまり入口前で立ち尽くした。
(少しだけって言ってたけど……)
この感じ、少しで終わらなさそうな。
その予感にジトっと手に汗を握った。
この通り、今から私は橋本さんに会うことになっている。
急に名刺を渡され、話しかけられ、『少し、話をしませんか?』と誘いを受けた後、橋本さんは私の返事を聞くまでもなく1枚の紙を渡してきた。
その紙にはここの住所だけを記入したもので。
「では、また仕事終わりに。」
「え。ちょっ……」
どこか強引に決められたそれ。
その時の私は突然の出来事に頭が追いつかず、
否定も肯定も出来ずに終わった。
そのため、仕事が終わった今ノコノコと素直にここまでやってきたわけである。
もちろん、約束を守らずに逃げようという発想も一度は脳裏を横切ったが、
すぐにあの事を思い出しては───諦めた。
私の名前を知っていたこと。その事実が、逃げることは無駄だということを遠回しに伝えているように感じたから。
橋本さんは私と春の関係に気づいてる。
それがあの人にとって良いことなのか、悪いことなのか。
一般の世界に棲む私には分からないけれど
きっと良い話ではない、そんな気がした。