酔いしれる情緒
「……あ。」
「ん?」
私の声に、その男は首を傾げる。
学生時代に読んだ物が頭に浮かんだ。
その小説は、私が初めてこんな恋愛素敵だなと思った物。
今まで恋愛なんて一切興味なかったのに、
その小説だけは私の心にストンと落ちた。
まあ、彼氏が欲しいとは思わなかったけど。
……ただ、良い恋愛だな、とは思った。
「だいぶ前のものだから、ここにあるかは分かりませんけど…」
たぶんその本があるだろう場所を探す。
けれど、やっぱりその本はない。
「あー…ないですね、残念ながら」
「そ。じゃあ発注しといてほしいな」
「……分かりました」
「来週のこの時間にまた来るよ」
そう言って、その人は微笑んで本屋から出て行った。
笑っていたのかはマフラーのせいで口元が隠れていたからよくわからなかったけど、
丸メガネの奥に見える目が笑っていたから
たぶん合ってる。
「これ発注しておいて下さい。」
店主にお願いして、発注してもらう。
「何冊?」
「3冊で」
1冊はあの人用。
もう1冊は店頭用。
そしてあと1冊は…わたし用。
思い出したソレをなんだかまた読み返したくなって。