酔いしれる情緒
「…春の方でしょ」
「ん?」
「なんでもない」
「なんだよ」
「なんでもないって」
どちらかといえば────春の方じゃん。
そう心で呟いたはずが、ポロっと出てしまった。
「俺が、なに?」
「………………」
……聞こえてたのかよ。
じゃあなんで聞き返したんだと、分かりやすく溜め息をついて見せる。
「………私だって不安がないわけじゃない。あんなに綺麗な人達が周りにいたら気が逸れてしまうのも時間の問題だと思うし、いつかは……約束の3年が経ったとしても、私の前に現れてくれないんじゃないかって不安はあるよ」
そして1歩近づき春の手からウィッグを取り上げた。
こんなの初めてだから上手くできるか分からないけど、それを春の頭に被せる。
「だから……本当は行って欲しくないけど、そうであっても私はアンタの背中を押す義務がある」
「義務って」
ククッと喉の奥で笑う春。
私がウィッグを綺麗に整えているところを、春は目を閉じて待っていた。
「誰が決めたの?その義務」
「橋本に決まってるでしょ。私にそんな義務を提案する人なんてあの人しかいないし」
「橋本って……呼び捨てじゃん。」
どこに面白い要素があったのか分からないけど、春は顔を軽く俯かせてまた笑った。
こら、動くな。
動かれるとやりずらいんだから。